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大日貴

春のおどり感想ぽつぽつ

★恵比寿屋でお大尽が傾城とよろしくやってる部屋。衣桁があって青い打ち掛けがかかっていた。その打ち掛けに“八つ槌車”が縫いとられていまして、これ大貴さんの実家の家紋なんですよ。ま、偶然でしょうけど。

八つ槌車

★やっぱり火消しの頭の死に方はかっこわるいと思う。あれじゃ年寄りの冷や水みたい……。

★下駄タップって、あんまり爽快じゃない。タイヘンなのかもしれないが甲斐がない技術と思う。歯にタップシューズの金属のアレでも仕込んでくれたらちょっとは爽快になるでしょうか。

★『恋の鞘当て』のところの音楽はすごく良い。今回の春のおどりの、和洋ぜんぶ合わせた音楽の中でいちばん好き。下世話とかっこよさの絶妙な混淆。

★初日の初回に日舞の緞帳がおりた時の客席の微妙な空気がすごかった。歌舞伎ネタ由来でよくわからないとか言われてたが、そうなのか? 歌舞伎ネタ知ってても知らなくても関係なくない?(ちなみに私は後で聞かされたネタはひとつも知りませんでした)全編スワヒリ語で芝居演じたとかいうならともかく、ショーなんだから、見りゃわかるだろう。「見たことない画と動き」を次々と出してくる、その画がきれいで、とてもよかったと思うが。問題があったとすれば歌舞伎ネタ云々じゃなくて、一場面がやたら長く感じられたってほうじゃないでしょうか。それは「場面の展開に難」と「出演者の技量に難」の、まあ五分五分だろうなあ。

★(これは今回の洋舞に限らずの話ですが)
公演の前評判とか、見た人の感想とかで「とにかく踊りまくり!」「すごい踊ってる!」って感想を聞くと「……(-_-;)」となる。それしか言うことないのか。OSKには他に取り柄がないから踊るしかないよね!がんばってるね!すごいね!と言われてる気がする。バカにされてると私は受け取る。あるいはOSKに求めるもののなくなった人びとの思考停止の怠惰さか。たまにはダンスのことじゃなくて「この作品はすごい!」って感想を聞きたい。また、製作側にはそういう作品をつきつけてほしい。今年の日舞は、その意味で語るべきことのある作品でした。

★最近、楊の舞台姿は都若丸の舞台姿にすごいよく似ている。(いいのかわるいのか……)

★真麻がいちばんかっこよく見えるダンスってどういうのだろう、と見ていて考えた。なんでもいけるからさ。今回の松竹座だと、日舞の火消しがかっこよかったが(これは教えてもらって発見した。ほんとにかっこよかった)、ちょっと意味合い違うしな。前は「案外、黒燕尾はそれほどでもない」と思ってたんだけど、今ならクラクラするほどかっこいいのをやってくれるかもしれない、と期待している。というかさ、去年も今年も「黒燕尾の場面」がないってどういうこと!

★三階席に座った時の楽しみとして、始まる前に場内が暗くなっていく時、後方にある音響室にあるインジケーターランプだけが赤くチラチラ…チラ…チ……と点ってるのを見ているのが好きだったんですが、なんか今年はカーテンひかれちゃった(´Д`)


ジャストダンス考

(最後にどうでもいい追記あり)

伝説のジャストダンス、とこの春から言われるようになった場面がありまして、それはOSK日本歌劇団『春のおどり』の中の、洋舞の一場面です。振付:名倉加代子、音楽:中川昌。群舞のシーンです。なんで「伝説の」なのかというと、今年で3回目の上演になる場面だからです。3回もやるってことは、音源も衣裳も使い回して経費節減とかではなく(いや笑い事じゃないんですってば)「名場面」だからです。

「伝説のジャストダンス」にはこのような歴史があります。

●2007年 春のおどり 第二部「桜ファンタジア」第12景『ラストショー』(大阪松竹座)
●2013年 春のおどり 第二部「Catch a Chance Catch a Dream」第12景『ジャストダンス』(日生劇場/大阪松竹座)
●2016年 春のおどり 第二部「Take the Beat!」第10景『ジャストダンス』(大阪松竹座/新橋演舞場)

最初は「ラストショー」って景タイトルでした。私はこれ、3回とも生で見た。どれも劇場の最前列からも後ろからも右からも左からも三階席てっぺんからも見てるのでけっこうこの場面に関してはプロ。で、今年のバージョンを、松竹座の初日に見た時に、「あ、前(2013年)と少し変えてあるな」と思った。再演といったって、時がかわればメンバーも変わる、人数や男役女役の比率とかその時のスターの持ち味とかがあるので多少の変化は必須だよな、だとするとその小さな変化というのは、先生が劇団員の個性をより際立たせるためという側面もある! とすればその差を拾い出すことは重要な意味が!

と思って、まずは今年と2013年との違いをはっきりさせよう。劇場で「ここが前と違う!」とか心のメモとって、家で2013年のDVD見て違いを確認だ!とやってみたところ。…………。
同じだった。ほとんど同じ。たぶんぜんぶ同じ。え。何見てたの私。
えーと、今年と違ってたのは、2007年バージョンでした。初演のこれが頭にこびりついてたもんで、つい。なのであらためて、2007年と、2013年&2016年の違いについて、わかりやすいところを書き出してみようと思います。需要あるのかこれ。それに2007の映像ってDVDがもう出回ってないからこれを読んでから見くらべるとかもできんしなー。でもまあいいか。.わかりやすい、主要男役の動きにしぼってくらべました。

音源は同じ。衣裳も基本同じ。ちがうのは帽子のリボン。2013年と今年はラメみたいな光る単色のリボンで、2007年は白黒の市松のリボン。ほれこのように。

帽子のリボン

 

……と、リボンの柄を見せたいのかそれを持ってる人を見せたいのかわからないような写真を上げさせていただきましたが、なかなか可愛いダービー帽です。さらにいちばん大きな見た目の違いは、2013年2016年では「男役トップ、2番手、3番手が白タキで、他はみんな黒」で、2007は「男役トップだけ白タキ」なとこ。この写真の人だけなんです白は。
あと、舞台装置は、ステージ後方に5段〜踊り場(っていうのか)〜5段で電飾つき階段が出ている。それ以外の袖パネルとかホリゾントとか吊り物とかは毎回ちょっとずつ違いますが、基本的に「白い光と黒と白の群舞」を際だたせるためのものです。

 

正誤表(違)

 

と、この表つくりながら、私はヒマすぎるんじゃないかと反省した。その上、時間かけてつくったわりには、よくわからない。わかったとて、「だからどーした」みたいな……。あと、2013年と2016年をいっしょくたにしちゃってますが、今年のやつは脳内メモなので、もしかするといろいろ違いがあるかもしれません。それは今年のDVDが出た時にでも検証してみてください。
あ、表内の、ラストショー(4.03)のところにつけた注釈の※1というのは、ここで投げキッスと書きましたが、よくある投げキッスじゃなくて、さりげない、可愛い、小さな桜色の花びらがふるるっと浮かんで消えるような投げキッスで……って投げキッスって言った瞬間もうちがうんだよーー(ToT)。いやでもそんなことにこだわってんのは私ぐらいか。

まあ、このような違いがありました。主要男役以外の動きにも違うところはたくさんあります。あとは、出てる人数かなあ。曲が進むにつれてくるくると出る人数が変わるので、プログラムに出てるメンバーの数で判断つかんのですよね。動画見て数えればいいんだけど、途中でめんどくさくなってやめた。総じて、

「ラストショーは少数精鋭」
「ジャストダンスは総員体制」

って感じ。ラストショーの時は、踊りながらほとんど無言だった。映像見ても「光と白と黒。音と動き」しかない画面である。ジャストダンスになるといきなり元気で、時にコミカルで、いたるところに掛け声が威勢よく入るようなった、ということからくるものが大きいかも。私としては、「ジャストダンスは粋でオシャレでシャープなので息をつめて見ていたい」から手拍子とかが入るのは「ちがうううー!」と叫びたいのだけど、「ジャストダンスはラストショーとはちがう」からそんなこと言うのもそれこそ無粋なのかも。

(2016.5.12 追記)
衣裳の違いがもっとありました。「ラストショー」では、男役はタキシードのシャツには蝶タイ着用でしたが、2013はノータイで開襟です。今年は覚えてない……(汗)たぶん開襟。この襟元の違いも、雰囲気をわりと変えるのに役立ってるようです。ラストショーは文化系、ジャストダンスは体育会系。


みゅーじっくすたじおその後

2003年5月25日(日付あやふや)に近鉄劇場で解散公演があって、近鉄体制下のOSKは解散して、そのまま何もなかった(個々では何らかの活動があったとしてもOSKという団体が継続しなかった)としてもたぶん解散10週年とかあたりに、イベントというか公演みたいなものはあったと思うんですよ。それこそアート館か大丸で。いやもしかすると松竹座で一日ぐらいあったかも。そしたら、週末に見たような、皆さんが絶賛されるところの、OGさんたちのワザが同じように見られたわけですよね。

しかし、それだと、真麻里都は見られない。OSKの劇団員真麻里都は存在してないんだから。

悠浦も楊もいないわけですからね。恋羽も城月も舞美ちゃんも。心から、存続してよかったと思うものであります。

(´-`).。oO(あの時、とってもたくさんのOGの人に、存続など認めないとか言われたのよねー)
(´-`).。oO(存続の時にいろいろリセット……断捨離……初期化……生まれ変わり……さよならエマニエル夫人……できたと思ったんだがなー)


OSKミュージックスタジオ問題

OSKミュージックスタジオなあ……。
OSKの公演にOGが出るってへんだろう。(あ、牧名ことりファイナルコンサートについては別の話です)
出るとしたらイベントとか催しとしてだと思う。あるいはOGの公演に現役がゲストで出るとか。現役とOGが混ざって公演するというからには、何かものすごい大義名分がなかったら納得いかない。その、ものすごい大義名分とは、90週年の松竹座のイベント級のものであって、それだってイベントなわけで。あれで本編にOGが元トップでございますとかいって(たとえ大貴さんであっても)出てきたりしたらとんでもないと思う。

まず、問題を切り分けておく。

・企画としてどうだったか
・脚本や演出としてどうだったか
・出演者のパフォーマンスはどうだったか

企画ってのは、OG呼んできて一緒にコンサートやるってことですね。最初に言ったように、OGを呼んできてまぜて公演するのはおかしいと思う。人間には懐かしさを楽しむという感情があるので、こんなこと言ってる私だって、若木さんがしゃべってるのを聞いてたら、胸の中にお湯が湧くような懐かしさが……若木さんてこう、ふるいつきたくなるような可愛らしさがあったよーー!と叫びたいような気持ちにかられましたが。しかしね。「懐かしさを売りにする」のはイベントにしてくれ、30分ぐらいの。本公演じゃなくて。

これはパフォーマンス問題にも関わってくるのだが、「圧倒的な何かを見せてもらえるのならば出演することもあり」という考え方もあるだろう。そこがなあ。そんな圧倒的なことってなかったもん。皆さんすごいすごいってほめてたけど、別にそんな、言われるほどすごくなかったよ? そりゃ現役の下級生にくらべたら技量は上だろうが(それだって大差というわけでもない)それなら現役生のがんばり見てるほうがいいわ。というか現役の若手のほうがよかったところもあったしさ。

人を圧倒する何かがあったとしたら桜花ちゃんの華であって、年月たって人間は老いたり劣化したりするのが摂理であるにもかかわらず、変わらぬ桜花昇ぼるの光りっぷりはすごかった。華って枯れるかと思ったら熟成発酵の段階に行っててなお光量は減っていないという、だがそれだけに、桜花昇ぼるが真ん中にいない絵面がアンバランスに見えてしまった。それもすごいことだが、だとするとやっぱりいかんと思う。

で、脚本や演出についてですが。
最初に翼と千咲が司会者然として出てきて、それから現役生だけが短めに歌い継いでくんだけど、なんのコントなんだ? でもコントでもないみたいなんだけど、何だったんだろうあれは。と悩んでたら友だちが「あれは『夜のヒットスタジオ』の真似なのでは」と言った。あーあーあーー!それなのか!……って、なぜ夜ヒット。たいして似てないしテンポも良くないし、選曲もよくわからんし。

そこからもうグダグダな進行で、総合司会に吉津さんを起用って、自爆テロみたいなもんじゃなかろうか。そして構成っていうのか演出というのか、工夫もなきゃハッとさせるとこもないという、けっこう唖然たるものがあった。照明でなんとか救われてた。私の、OSKショーにおける最低最悪ランクが『JUJU』で次が『熱烈歌劇2013』であるが、これは熱烈に並ぶものである。
(OGが出なかった牧名ことりコンサートのほうで、牧名が思い出の語りとともに歌う『見上げてごらん夜の星を』と、OGが別の口上とともに『見上げてごらん夜の星を』を歌うってのも「ぽかーん( ゚д゚)」だったな。それから牧名の小芝居コーナーの『竹取物語』も、選曲がてんであってない、振付がさえない、真麻が出てくるんだけどなんかバカみたいで。いやこれは真麻が悪いんじゃない。真麻はひたすら気の毒。黒蜥蜴の替え歌もなんなんだそりゃ、で、このショーがつまらんのはOGが出るとか出ないとかの問題じゃないということがわかったので、こっちのバージョンの意味はあった。いやな意味だけどさ)

ということで、こんなことはもうゴメンである。OGと現役を一緒に出すのはもうやめてほしい。もし出すというんだったらもっとちゃんとつくりこんだ作品にしてほしい。……まあつくりこんだとしてもOGが本公演に出てくることの意義はなかなか見いだせるもんじゃないと思う。だから、周年記念の、イベントだけにしてくれ、OGが出てくるのは。

牧名ことりファイナルコンサートは、なんか笑っちゃったな。高世と牧名のデュエットダンスがあって、それが、ものすごくバッサバサしてて、あんなにぽーっとさせないデュエットダンスというのも珍しい。いやそう書くと悪口みたいに聞こえるか、いやちょっとは「どーなんそれ(笑)」とは思うけど、でもそのバサバサで最後までってのが牧名さんらしくて笑っちゃって、笑いながらじわっときた。


指原莉乃座長公演@明治座 結

キヌタ

指原さん総選挙一位おめでとうございます。

というところで、中絶しておりました『博多の阿国の狸御殿』について思ったことの続き。いつまでやってんだと言われそうですが、選挙結果が出ないと書きづらかったんだ。

この芝居、後半近くになってやっとこの作品の弱点がわかった。キヌタが狸でないことだ。

らぶたんは狸チームであり、メス狸のお黒役。
狸御殿における「決まり役」といえば「きぬた姫」とともに「お黒」もいるので、いい役をもらっている。狸チームは、キヌタの指原を筆頭に、なこ、らぶたん、森ぽ、めるたん、りこぴ、村重、みおたす、というメンツ。これもパンフの掲載順なんだけど、この並びの意味考えるのはもうめんどくさいんでやめた。たぶんそれほど(今後に影響するような)意味は無い。たぶん。ただ、狸軍団をやらせるにあたって、考えて選んだメンバーだなと思う。とくに田島芽瑠を狸チームに入れたのは鋭い。朝長美桜が狸なのは誰でも納得だけど、めるたんは阿国チームにしちゃうよな、安易なキャスティングなら。今回の「キャスティングがうまかった」のは阿国チームの松岡菜摘と、狸チームのめるたんであろう。今田美奈はたぶん、狸チームでもうまいことやったと思うので、キャスティングの妙というよりもその前段階の「みなぞーを出演者に選んだ」というセレクションの妙ですね。

メス狸は、人間相手に夜鷹に化けて枕ドロするって設定なので、まあヨゴレ役といってもいい。とくにらぶたんは、メス組リーダーで、気が強くて情に篤くて修羅場に強い。そうなると必然、ヤンキーぽい役作りになっちゃう。私も見終わってからけっこう考えてるんだけど、ここの「お黒」という役を、ヤンキーぽくないキャラクターとして演じるとしたらどうしたらいいのか。どうにも思いつかない。抑えた演技にしたら「単にクール気取りのヤンキー」になりそうだし、ヤンキー成分をせいいっぱい抜いたとして「熱血明朗リーダー」ぐらいしか思い浮かばず、そうなると話も変わっちゃうしな!
今回、らぶたんの演技も「デキる」という評価を受けたけど、私は正直なところ「またこの手の役か〜〜」と思った。らぶたんは器用なんでヤンキー系も器用にこなすけど、イロモノだったら白雪姫のサルとか、正攻法だったら『タイムリープな少女』みたいなほうが、心にしみる演技をできるし、泣かせるんだって。ただ、この芝居でのらぶたんのポジで、そうそう「全客席が泣いた!」とかやっちゃうとバランス崩れるか……。うむ、らぶたんのあの演技は、芝居の中で正しいんだ。うむ、そう考えて納得しよう。

なら誰が泣かすのか。それは主人公だろう。あるいはその相手役。

この『博多の阿国の狸御殿』って、見終わってほんとに「明治座というハコにふさわしいストーリーだ」と思った。わかりやすい登場人物、わかりやすい行動、そして笑わせて、泣かせて、わあっと驚かせる。ザ・商業演劇!って感じ。それでも見終わって「これ、もっと泣けたのに」と思った。で、その理由は見ているうちにわかった。さくらたんの阿国は、阿国の哀しさを静かに表現して(というか、あれは身についたものでたぶん演技としてはやってない)見ているだけで胸がつまった。問題はキヌタだ。

キヌタがぜんぜん狸じゃなかったんだもん。

狸チームは、ぬいぐるみのしっぽ程度であとは人間のカッコで、言われなきゃ狸であるなんてわからない。でもみんな、成分の多寡はあるものの、芝居の中で狸なのよ。らぶたんはもちろんのこと、見た目的にもっとも狸からかけ離れているめるたんも狸だし、森保がどうかなと思ったけど「テクノボー狸」でリアリティあった。それを狙ってたかどうかはともかく。最後まで狸に見えなかったのがさしこちゃんです。

最後まで指原莉乃だったなあ。あのキヌタっていう役は、指原莉乃の人生をなぞったような役だから指原莉乃でいい、かといえばそんなことはない。『明治座特別公演・指原莉乃物語』があるとしたら三十年後に、今はまだ生まれてないアイドルが演じるのを待つべきものである。今回の『博多の阿国の狸御殿』は、指原莉乃の人生が下敷きになってるってのは、知っていれば楽しめるけど知らなくてもじゅうぶんに楽しめるようなあらすじで、でも客は「知っている」人がほとんどなので、ある意味「ネタバレ」しちゃっている。そこに「芝居ならではの感動」を上積みにするための装置が「指原莉乃が狸であること」だ。今、指原莉乃を見たって、スターのさっしーでしかなく、『逆転力』での“選ばれていない者の努力”とか総選挙のコメントで「落ちこぼれの星」と言うことだって、「一位のやつに言われたってよ」としか思えない人は必ずいる(私がそうです)。さっしーがきちんと狸であることが重要なのは、「指原莉乃の人生がすけて見える感動」が「指原莉乃の人生がすけて見えるシラケ」を上回らなくちゃいけないからです。

あの主人公のキヌタが、……って今思い出したけど、狸御殿のきぬたってふつうは「きぬた姫」で、お姫様で、やんちゃで可愛いワガママ姫のずっこけ物語みたいなもんで、ふつうに考えたらこの役はさくらたんにしたいとこですよね。あるいははるっぴか。さっしーは相手役でかつダブル主役みたいな。「男役は娘役よりもヒエラルキーが上」の宝塚歌劇の文化を持ってきて、座長としての格は保つ、みたいな。そういうやり方もあったと思うけど、あくまで「狸御殿の主役はきぬた(姫)」で、それを指原莉乃にやらせるためには、ああいうストーリーしかなかったと思わされる。横内先生すごい。いやだからさ、それだからこそ、さっしーが狸だったらもっと泣けたと思うわけよ。

さっしーの狸に欠けていたものはなにか。

狸であることの哀れさだな。さくらたんは「阿国であることの哀れさ」を非常に巧みに(ある種バケモノのごとく)舞台に立ち昇らせていた。セリフとか別にうまいわけでもないのに。狸の哀れさがそこにからんだらどんなに素晴らしかったか。人間を化かしてだまして金品盗んでくるけど、結局は狸で、ほんとはみっともなくて、人間からはケモノ扱いされ狩られ始末される。そんな狸が、阿国を見て憧れて、あんなふうになりたいと思う。……考えただけで涙が。なんて泣かせるんだ。…………うーん、今思い出してたら、記憶が美化されたのか(もう一ヶ月以上たってるもんなあ)、さっしーのキヌタでもじゅーぶん泣けるような気がしてきた。気のせいだ。明治座の客席で「うーーー、さっしー、あまりにも指原すぎるーーー」とはがゆくてしょうがなかった。

どうしたら狸っぽさが出たのか、というのがわからないので(方法を思いつかない)、難癖と言われたらそれまでなんだけど。ただ、今回、この座長公演の話を指原は最初断ったと報道されてた。芝居は見ないし自分でも演技は経験ないし、と言ってるのもテレビで見た。最初に舞台の上のキヌタを見た時は、それらが公演前の逆フカシじゃないかと思ったぐらい、ちゃんと演技していた。発声からしてなってないのが山ほどいた(というかほとんどそうだった)のに、さっしーの声はぱん!と出てるし、セリフ回しがおぼつかないこともない。噛んだりしない。でも「そこにいるのはあくまで指原莉乃」だったんだよなあ。

明治座の成功(ですよね?)を受けて、次なる公演も用意されてるかもしれないんだけど、これだけちゃんとした脚本と演出とハコが用意されるんだったら、さっしーをいかに魅力的なキャラとして出すか、ってのが最初の関門かもなあ。さっしーが、うまく役(役柄とか設定とか)にハマったらすげー泣けそうな気がするんだけど、それがどういう役なのかがわからん(苦)。その点、さくらたんて、天性の女優というか、舞台でその役になってまわりを巻き込むパワーがすごい。舞台荒らし、ってやつかも。主役かその相手役しかやらせちゃいかん。……多少言いすぎてますが。そしてらぶたんですが、HKTというグループの中にあっては、今回のような役付になるのは当たり前でして、そこでは充分な仕事をしていた。……けど、らぶたんは「真面目な、白い、女の子の役」で見てみたい。「少女の何気ない心の動き」「少女の、自分でもよくわからない気持ちのゆれうごき」を表現するのがすごくうまいんです。単館上映の文芸作品とか、いけると思うんだけどなあ。『ソフテン』があまりにもあんまりで泣けたので(あれは主役じゃないですけど、それにしても)、二度とああいうことにならないように、映画プロデューサーの方、よろしくお願いします!

お黒


狸の前に

明治座終わって何日経つんだ。まだ肝心の狸軍団についてのとこまで行き着いていない。
が、ちょっと思ったことを。狸の話じゃありません。

総選挙のスピーチが各候補出揃った。のですが……
なかなかこれというのがない。
(誰が、というのを具体的に言っているんではありません。全体を見ての話です)
マジメにやれとか言葉遣いちゃんとしろとか、スピーチの内容がないようとかそういう細かいことではなくて、その子の魅力を全開にしてほしいと思うわけですやはり。スピーチの途中で噛もうが口ごもろうがギャグがすべろうが、そういうのもコミでその子で、それで魅力的ならいいんです。そうじゃなくて、演出部分が、その子の魅力とは別方向に向いてるんではないかと思うスピーチが散見される。選挙ポスターもそう。すべるとこまで計算してのネタ、というのはあったとしても、そのネタで演じる姿が「そこじゃないだろう」というのがある。
じゃあ、可愛らしさや美しさを極める!……というのならいいかといえば、彼女が志向する美が彼女の魅力と噛み合ってないってのが多いんだよなあ。

ぐぐたすの、地鶏……じゃない自撮りの写真も「こういう顔が気に入ってるんだろうなあ……きみの可愛いのはこういう顔じゃない時なのに……」としょんぼりすることは多い。
もっと可愛いんだよおおおおお君はーーー!!!!(だから、誰かっていうんじゃないです。何十人の顔を思い浮かべて叫んでいる)

そんな中でみおたすはある意味盤石ではあるな。


指原莉乃座長公演@明治座 その4・にくの話#3

はるっぴ

んでもう一人、目についたはるっぴね。
むかーしから、この人は目立つ人であった。髪型のせいかと思ってたけど、目に力があるんですね。破綻のないルックスで、きっちりとした楷書のお習字みたいな可愛さ。おまけに華もある。もうちょっと「わかりづらいところ」があったほうがアイドルとして爆発できるんではなかろうか……と思ったりするが余計なお世話か。

このはるっぴが、得意の“滑舌の悪さ”と、決まらない腰つきで殺陣をしてるのが、まあとっても目立った。でもまあ、この『博多の阿国一座』はこういう子たちの集団だと思うと、ハラもたたずに見ていられます。

で、はるっぴの相手役とおぼしき娘役が穴井千尋。これがまた、おバカな娘役っぽくてよかった。バカでもこういうのがトップになったりするんだよそーそー、と言いたくなるような娘役っぷり。はるっぴと「キスシーンの練習」をするところがある。少女歌劇のキスシーンて、自然に後ろを向いたり男役がうまく手で口元を覆ったりしてクチビルがぶちゅっとなるのを隠すわけですが、この「キスシーン」を「練習している」という場面があって、舞台の奥ではるっぴとちーちゃんがキスのまね事っぽいことをする……と、ちーちゃんが「ギャー!」と叫び「ほんとにしたーー!」「舌まで入ったー(TдT)!!」というお約束の騒ぎになる。「兒玉遥と穴井千尋のキス……」って考えてみりゃすごいことで、可憐な女子同士でキスシーン、舌を入れたの出したのと、ナマでやってくださって……しかしまーったくドキドキしないのが可笑しかった。ま、芝居のスジの上でここでドキドキさせても困るとこだけどさ。ただのクスグリの場面だから。でもそんなとこからでも妄想をひっぱりだすのがファンというものですが、このキスシーンでは妄想はちょっと。だけどこの、やる気出して舌まで入れるはるっぴと、いちいちそれに騒いでる現実的なちーちゃん、てのがすごく「現実の、歌劇団の男役と娘役」っぽくてさ。あー、あるあるある、こういうやつ、と思った。そんなもんは狙っちゃいないでしょうが。

で、この「男役はるっぴ」「娘役ちーちゃん」、そしてまわりを固める一座の座員たちがわちゃわちゃやってる、ノンキそうな『博多の阿国一座』が、いざ「阿国が秀吉さまの妾にあがる」となった時に、みんなで立ち上がる! その弱っちいところがかえって彼女たちの絆の強さと、その背後にのしかかっている不幸な境遇を思い知らされる。で、そんな一座の中で、みんなに慕われているけれどさくらたんの阿国は、どこか孤独な立場であることも浮かび上がる仕組みになっていた。

そんな阿国を救済する者として降臨したのがキヌタということになる。

(つづきます)


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