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哉走りその1

瀬戸内晴美が若くてまだ作家じゃなかった頃、友達のだんなである福田恆存(さいきんやっと読み方を知った。ずっとオンゾンと読んでいた)にいろいろと悩み相談をしていたら「あなたの悩みが大ごとだと思ってはいけない、そんな悩みはごくありふれたものだ」というようなことを言われて気が楽になった、という話が『続・奇縁まんだら』に書いてあってそれを読んだとたん「ウソだ!」と叫んだ。小説家を目指そうというような人間が自分の悩みをありふれたものだとか言われたらすごく侮辱されたと思うかすごくがっくりくるかのどっちかだろうと思ったからだ。それとも大作家になって八十すぎたら昔のこともみんないい思い出、みたいなもんなのか。あるいは仏の道によって醜い心を克服したんだろうか。私があと四十年生きたとして、その境地に至れるような気はしない。というか、ウソだ、と思っておりますが。

実にこちらもありふれた悩みである。
大貴さんがOSKを退団して3年たった。そのうち2年は潜伏……じゃないや雌伏の時期であって、退団後にちゃんとした舞台に立ったのは去年五月のそごう劇場、それからこないだのStudio ZAZAの公演で2回目である。回数で言えば「退団したて」みたいなものである。その時期の「退団した男役」および「そのファン」のおっこちるアリ地獄みたいなものが、すぐそこに大口をあけて待っている、ような状態だ。というか、自らそのキケンな口に入りたがってるんじゃないかと思うことがある。よく台風の時に「田んぼの様子を見にいって川に落ちて死ぬ年寄り」が必ずいて「あれは嫁さんとかに、おじいちゃん田んぼ心配ね、見にいっちゃだめよ危ないから、でも危なくないように見にいってきて」とか言葉巧みに言われて行く、一種の「台風時謀殺事件」なんじゃないかと思うことがあるが、私の場合は自分の意志でついアリ地獄の口に近寄ってるなと自覚する。

大貴誠という人は男役としては小柄で可愛いにもかかわらず、芝居がうまいもんでおっさんの悪役とかうまくて、しかも舞台を降りるとふつうに美人さんであって、さらに素顔はやけにサバサバサとしていて時にオカマバーのマスターみたいなところもあり、そもそも「いわゆる性別」できっちりアピールする人ではなかった。といって「どっちでもない」ということは断じてなく、「男でも女でもないが(いや女寄りではあるが)ちがう生き物」みたいな人だったのだ。

……などと書いてると、福田恆存が「きみ、それはね」と少しばかりうんざりしたような声色で言うのが聞こえてくるようである。いや、私は福田さんとはなんの関係もないので、最後まで聞いちゃくれず途中でどっか行っちゃうだろう。というか、そもそも会ってくれない。

実にありふれた悩みである。
たぶん、男役スターのファンだった人なんて、そのスターが退団したらみんなこんなこと考えてるに決まってるのだ。
しかし私は言いたい。ちがうぞ。ふつうの男役のスター(含宝塚)が退団したのと、大貴誠が退団したのとは。知名度とか美人度とかそういう話ではなく、大貴誠はちょっとちがうのだ。(つづく)

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