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B問題補足

OSK伝統の香り、というものがどういうものなのか、ということについて説明が少し足りないような気がする。

音楽と衣装と演出(台本)が三位一体となって熟成、発酵されてできる香り……ということなんだけど、その音楽と衣装と演出は具体的にどういうもんなのか。それは「暗い」「安い」。とくに「安い」のが致命的。ということに尽きる。しかし何が安くて何が高いか、というのも価値観を同じくする人には瞬時に共感してもらえるが、そうでない人にはさっぱりわからないということになる。なので、もっとわかりやすいものが必要。

OSK伝統の香りというのが、近鉄時代に確立されたものであったとして、近鉄時代の作品でも香りの濃度に差がある。近鉄時代の座付き作家に原彰という人がいて、この人の作風もたいへんに独特のものがあり、モノによっては傑作と思えるものもあるが(『セロ弾きのゴーシュ』は傑作。宮沢賢治の解釈としてもレビューとしてもミュージカルとしても)、トンデモナイものも多い。ちどりさんが言う、近鉄時代のOSKに感じる「プラスチック臭」というのはこの人の作品が主に発していた香りではないだろうか、私の勝手な解釈だけど。マットな色合いと軽くて底の浅い素材感というあたりが。それから、ちょっと「70年代の近未来」ぽいものも感じる。大阪万博センスというか。なんか、太陽の塔みたいな作品なんですよ。とっぴで明るくて唖然とさせられる。それを80年90年代に堂々とやっていた。

私は、原彰作品には「ブラッシュアップして方向性をきっちり打ち出せば、ある種の新しいモノとして演劇界で一派を確立できる個性」はあったと思っている。が、あくまで「ブラッシュアップ」が激しく必要で、しかしヘタに触ったら良いところ(と思われる部分)までごっそりなくなりそうで、結局触りようもなく、どうしようもない……ということで終わりそうだ。この人の作品のとんでもなさ、は、確実に近鉄時代のOSKをマイナーに落とし込んだよな。

ただ、原作品にはそれほどないんですよ「OSK伝統の香り」は。不思議なことに。作風が明るいからかなー。原さん以外だと、海野洋司という人がいて、『アップフェルラント物語』『アラベスク』『上海夜想曲』の3つしか知りませんが、それもあんまり伝統の香りはない。OSKというよりももっと芸能界的な匂いがありました。

と、まあ、いろいろ考えてみて、「これがOSK伝統の香りだ」と言うものを見つけた。それは、「作・演出が吉峯暁子、あるいは北林佐和子であること」。これ。

この結論に至るまでいろいろこねくり回して考えてたんだけど、

敵が伊勢湾附近に上陸すれば、伊勢熱田両神宮は直ちに敵の制圧下に入り、神器の移動の余裕はなく、その確保の見込が立たない、これでは国体護持は難しい、故にこの際、私の一身は犠牲にしても講和せねばならぬと思つた。

これは『昭和天皇独白録』に出てくる発言ですが、この発言は要するに「国体とは三種の神器だ」と言ってるわけです。国体。国民体育祭じゃなくて、國體。『国体論及び純正社会主義』などというのも思い出されるという、とにかく国体といえばたいへんなもので国体護持のために戦争してたようなもんで、神とか真理とかと同じぐらい抽象的なもんかと思ったら、その実体は剣と玉と鏡であると。言ってるのが昭和天皇なだけにすげえリアル。現実とはこういう身もフタもないものなのだということを教えてくれる名言です。……と、この昭和天皇の名言でもって気づかされた。伝統の香りは二人の演出家が演出すると出る。その説明がいちばん単純でいちばんわかりやすく事実を説明してます。あとは残り香。

(実はもう1つ、伝統の香りを出すツールとして、近鉄時代の衣装、ってのも考えた。あの当時の衣装をすべて捨てて、すべて新調の衣装に替えたら香りは飛ぶんじゃないかと。正解はそっちかと相当傾いたんだけど、両先生の松竹作品での、新調衣装の使い方を見てたら「新調でも香りは変わらない」ことがわかったんでその説は却下。旧音源も同様。それはそれとして、旧音源と旧衣装、ぜんぶ捨てたらずいぶん清新な作品ができるんじゃないだろうか)

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