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夏にはソーダ水が必要なのに1

OSKの南座公演を見てきました。

見てしみじみ思う、今年の春のおどりの洋舞(名倉加代子先生作・演出・振付の『Catch a Chance Cathch a Dream』)って、それ以降のOSKに影響を及ぼしてるなー。

これは楊ちゃんのオ・セイリュウの時にまず思ったことだけど、振付の先生に「なによ! アタシだってやるわよ! 見てなさいよ!」という対抗心を燃え上がらせた。ショーの途中で力尽きてたが。
(でも書きながら思い出したけど、こないだの大丸のショーは、振付の先生はいつも以上に通常運行というか各駅停車の安全運転だった……)

今回の南座で、春の洋舞の影響をもっとも感じたのはチェリーガールズのところで、これは「春の洋舞においてはじめて“チェリーガールズが正しく使われた”」ことによるものでしょう。それまでの、はんぱなアイドルグループみたいな、上が決めたからやるけど使い方思いつかないシー、みたいな場面ではなく「とにかく娘役5人によるダンスユニット」という原点に立ち戻って作りなおした場面で、「正解はコレ」と見せられてしまったので、今年の南座のチェリーも「そうか答えはコレか」で作られてました。正解なのだから良い。ただ、音楽と振付は良かったけど、パフォーマンスはあと一歩。春もパフォーマンスはあと一歩だったけど、うまいことごまかせるようなつくりになってた。今回のは逃げ場がなかった。……思うに、チェリーガールズはメンバーを見直したほうが。チェリーに向いてない人がいる。ダンスの方向性によって得手不得手ってものもあるだろうし、メンバー固定じゃない「この公演のチェリーガールズ」方式にしたらいいんじゃないでしょうか。いやチェリーガールズという5人のメンバーが固定されることによって営業その他に云々と会社の人などは言うかもしれませんが、だいじょうぶ、誰も知らないからチェリーガールズなんてものを。
(ところで、今回のチェリーガールズは「正解」ではありますけれど、作品の中では唐突感否めないです。答えはわかるが使用方法は解決できずということか)

ありがたいことに初日初回、二回目と見ることができ、人様の感想を聞く前に自分の感想がわかったのでよかった。一部は、「吉峯先生はシリアスじゃない原作モノをやったほうがぜったいいい」と言ってきた通りで、でも原作が去年の『シンデレラ・パリ』よりもとっちらかっているせいか、潤色も演出もうまくいかなかったんじゃないでしょうか。話がバカバカしいのは別に構わないから、場面場面の配置をうまくやればもっとバカバカしく楽しめたのに。白い画用紙の上に、原色のクレヨンでぽつんぽつんといろんなモチーフを描いた、みたいな作品です。カンディンスキーみたいな構成力があればそれで充分なんだが、そこまでは到達できず、バカとバカのあいだに深呼吸できる間ができてるもんだから、いちいち我に返ってしまい、気持ちがさめる。バカバカしさで持っていかれたいのに、そうしてくれないのでたいへんもどかしかったです。

あと一部は「いい加減桐生さんをこういう便利づかいにするのはやめろ」と思います。

でも初日の初回に一部を見終わった時には「誰だよこれをやろうって言ったやつは!」と怒りのメールを人に出したりしたのに、二部を見終わったら怒りはなんとなく薄れたのは、二部のほうがいろいろひっかかったからです。
(ひっかかった、というのとはちょっとちがいますが、この二部のフィナーレ前、黒燕尾の男役のダンス場面がある。振付芹まちか。大丸劇場の『ファム・ファタル』がさんざん宝塚っぽいと不評だった芹先生ですが、私はこの黒燕尾の男役ダンスのほうがよっぽど宝塚っぽく感じました。男役が「ハッ!」ていって踊りだすとことか。なんか本家に比べてしょぼい感じがするのでやめてほしいと思った)

オープニングで正ちゃん帽(ちがう)かぶった、町の少年みたいなカッコの悠浦が、歩いているうちに見えないキューブにはまりこんでしまい(だと思う。マイムで表現してるので定かじゃないが)、そこでカギをみつける。それを鍵穴にさしこんでカチッと回す(これもマイム。緞帳に鍵穴を見立ててた。悠浦マイムがんばってくれ……)。すると緞帳が上がっていって開幕。あ、これも春の洋舞の影響下にあるかも。真麻ピエロが中幕あげるところ。でもこれさー、鍵をカチッとあけたら幕が「上がる」ってのが違和感あってさ。あの感じだと「ドアがぎいーっと開く」ような光景を想像させるので、緞帳が上がっていくという動きがどうも生理的にしっくりこない。シャッターガラガラ上げる、ってほうがらしいんじゃないの。悠浦登場のSEが、雑踏とクルマの音、信号機の『とおりゃんせ』の電子音だし。しかしこの『とおりゃんせ』にはあざといものを感じた……って開始5秒ぐらいでもうかよ。すでに色眼鏡。

緞帳あいたら、そこここに、暗いエンジの布を頭からすっぽりかぶった者たちが、いかにも怪しの者ふうにいるわけだな。「デターーー!」。北林先生好きやなーこの絵面。新闇の貴公子でやってただろう。それでそのすっぽりさんたちが一変、マントひるがえして踊るんだけど、その衣装が……エンビなのはいいが……黒基調で赤が差し色。何か安い……、と戸惑っているところに桜花高世桐生と入ってくる、3人はマントも特別。しかしその特別さがさらに安い……。うーん、最初に頭の中にできてた絵はもっと麗しく妖しく、だったんだろうなあ。振付もバサバサやってるだけであんまり妖しくもないなあ……。そういえば町の少年ユーラは、いつの間にかすっぽんにすいこまれて、マントダンスの最後のへんでマント姿になって中に入ってくるんですけど、これは「生きた少年が死んであの世でコンニチハ」なのか「生きた少年がゾンビに襲われて自分もゾンビでコンニチハ」なのか。少年ユーラがマント姿でニッコニコなのがヘンだが、悦びとともに暗黒の世界へ、ってのが北林先生らしいということ……なんですかね?

その他、ひっかかったところをコマコマと書いていたが(折ちゃんの配役とか、桜花ちゃんの使われ方とか、中詰のデキの悪さとか)それはたいした問題じゃない。つづきます。

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