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指原莉乃座長公演@明治座 その4・にくの話#1

さくらたん

今まで出演者のパフォーマンスについて書かなかった(あ、松岡菜摘の名前だけ出したか)。いやー最後に満を持して書こうと思ってたんですよ♪(舌なめずり)

この『博多の阿国の狸御殿』は、出演者であるHKT48のメンバーに「巧みな芝居」は期待されてないと思われた。今までやった演技なんてマジすか学園とか、グダグダのコントだもん、所謂「舞台におけるお芝居。とくに明治座にかかるようなお芝居」がうまくできるわきゃない、キミらに求められているのはもっと別のことだ、と。そのために、芝居巧者の本職の役者が要に配されてる。秀吉さまとか狸の親分とか狸の用心棒とか一座の座頭とか、そういう役は本職が担当する。ではHKTメンバーは「お芝居の花」としての役割なのかといえばそうは行かない。芝居としてすごくちゃんとしている(&トラディショナル)脚本だからだ。出演者は誰も賑やかしじゃなく、役割を与えられている。セリフが飛んだりすると話の流れに即影響を及ぼす。

なんか、「ムリだよね。 だ か ら やってね!」という、不思議な使われ方をしてた。
で、それがなんか面白くしてたのよね、芝居を。

でも不思議な使われ方をして不思議な演技で面白かった、ではすまない、重要な役もあるわけで、いちばんキモになる役は博多の阿国だ。主人公のキヌタが動き、ドラマが転がりだすのはすべてこの阿国ちゃんの存在があったから。ということは、見ている客に「阿国という子が特別な子である」ということを納得させなければならない。阿国をやったのは宮脇咲良で、さくらたんのファンならただちに納得するだろうが、こちとららぶたんのファンであり、さくらたんは嫌いじゃない(というか好きだ)けど別にドキドキしない。そういう人間を納得させられるか。

納得してしまった。

阿国が特別な子である、ということはセリフとかではまったくなんの説明もないし、阿国が特別に持ち上げられてるような描写もない(こういうところも、横内さんの脚本のかっこいいところ)。なのに、博多の阿国一座の中にいて、真ん中にいる事が当然の華を持ち、誰よりやさしく、賢い、という人物であることを、なんのひっかかりもなく納得させちゃう。うわー……。

これって、さくらたんが劇団四季にもいて芝居経験があるということとは関係ない……いや関係ないとまでいうと言い過ぎか、でもほとんど関係ないと思う。さくらたんの「アイドル性」によるものだろう。私が考えるアイドル性って、「ワケがわからないところ」「完璧じゃないところ」「寂しげなところ」が不可欠で、阿国ちゃんにはすべてが備わっていた。さくらたんって、顔が完璧な美形というわけじゃないし、頭がいいんだかぼけてるんだかわからなくなる時があるし、そしてこの阿国をやってわかったのが「寂しげ……というかある種の諦念」のようなものを漂わせているということ。秀吉様の妾に上がる、という時の微笑み。あそこは「みんなのためにすべてを、あんなに憧れていた“恋すること”も、諦める」ということを見せる場面で、へたにやったらドッチラケ、うまくやってもベタになりすぎるという難しいところなのだ。そこをさらっと、すっごい美しくやった。

阿国は、台本の上では二番目に重要な役で、今回の出演メンバーの中で序列2番のさくらたんがそこに入るのは自動的に決まったのかもしれないが、いやこれはさくらたんの資質に合わせて作者がここにこういう役を置いたんじゃないだろうか、というぐらい、よかったです。

では、他の、不思議な使われ方をして不思議な演技で面白かった面々については……続きます。


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