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おにのさうだん

『鬼ノ城』は、あらすじを読んだ段階で、というか日本中に散らばる鬼伝説から考えても失敗するわけないストーリーで(千年以上も人口に膾炙して練り上げられ単純化され完成した「おはなし」だ)、異人が哀しくもその本性を露わにして滅ぼされざるをえない、と想像しただけで泣けるではないか。それもその鬼を桐生さんがやるっていうんでしょう。涙なくしては見られませんよ。……と思ってたのにどうしてああなった。

私が想像してたのは、悪者の奸計にかかって愛する妻を殺された、やさしい異人。妻の亡骸を抱き上げて泣く。やがて固まったように動かなくなる。静かな嗚咽が徐々に恐ろしい咆哮となり、顔をあげると髪は逆立ち目は燃え盛る炎のような金色に光り口からは血を吐くように呪詛の言葉を吐く鬼に変貌している……みたいな場面だったんですが。異形であればあるほど可哀想である。そしてかっこいい……!

それが、おめえの女房誘拐したったぞーどうせ死んでんぞーとかチンピラみたいなやつにゲヘゲヘ笑いながら言われたら唐突に(いや、唐突なんだけど、やけに「準備完了」的な段取りも感じさせる)鬼になって暴れだすから、私はこの場面見て「……。こんなアブナイやつは早めに退治しておくが吉」と思った。嫁さんの死体見つけるまでこらえろ。

はやみ作品におけるつっこみどころや考証無視は、私はいちいち気になるほうだ。とくに、カッコつけようとして背伸びしたセリフを言わせてるその言葉が間違ってるとことか(今回だと「大逆罪」とかな)。バカみたいなのでよせ。と言いたいけど、芝居ってのは結局は「なぜその人物がそういう行動をとるか」が納得できれば、そしてその行動に感情移入できればいいのだ。鬼になって人を殺戮しまくる。恋の恨みがこじれて王権奪取しようと目論む。そんな気持ちを自分のもののようにわからせてくれる、というのが芝居の醍醐味では。その醍醐味の前にコトバや考証の間違いなど何ほどのものか。

その醍醐味がないんだこの『鬼ノ城』は。鬼は哀しみよりアブネーと思っちゃうし、主人公のイサセリさんもなー、出自にいわくがあるようなことを匂わせて、なんか秘めたる力もありそうな感じで、辺境を行く貴種流離譚〜〜〜な、設定は盛りすぎるほど盛ってある。で、正義感にあふれ洞察力もありそうで「温羅(うら←鬼さんの名前)と会ってみたい話がしてみたい」とかいってる割に、トコトコ歩いて「うらーうらー、どこだー」って呼ばわってるだけ。やっとみつけた温羅は鬼みたいになってる。こここそ話しどころだ! ……なのに鬼とは話す気もなさそうにさっさと戦闘態勢に入ってるし。頭悪そうでイヤになる。イサセリの子分、とくに犬、アンタ温羅をさがしてて見つけて温羅が鬼になる理由から何から見てるのに(これを物陰から見てる、ってのも意味がよくわからん)ぜんぜん報告もできてなくてそのせいでどれだけいらん人死にが起きたと思ってんだ。私が鬼ならまずこいつからくびり殺す。ここで私はつい『闇の貴公子』を思い出し、異人が鬼に変貌するという、そこまでの流れがちゃんと納得いったよなああっちは、「鬼の話とはそういうもの」と開き直ってこっちもそういうふうにしてほしかったなあ、と思った。こっちは、意味のない行動をさせてすっきりしない展開になる。だめだと思う。

望月上道という右大臣が、なんか大王の大后といわくがあるらしく、それが原因で王権転覆を狙っていて、温羅を陥れるのもみんなこの上道が糸を引いているワルなわけです。その割に台本上でたいした書き込みがなくて、そのせいでいい意味でひっかかりがなく、でも見終わった時に残る「小悪党」感。これを見る前に、「あの上道の役を大貴さんがやったらどうだっただろう」と言った人がいて、そのつもりで見てみたけど、大貴さんがやったところでたいして役には深みは出なかったであろう。誰がやったってあれはつまらん役。ということは誰がやってもあれはできると思う。とてもカンタンな役。最後に悪事がバレて瀬戸内海の女木島に流される、が、そこで「オレは負けない一旗揚げてフッフッフ」、みたいな独白で芝居は終わるのですが、10年ぐらい前に女木島に行ってみたことがある。すっごいのどかでノンキな感じの島で、そのノンキな島でブイブイ言わせて最後までフッフッフと言ってる上道の姿が想像されて、楽しい気持ちになった。余韻は余韻でもそりゃ別の余韻だろう。

さらにそのあと、温羅さんが出てきて「いやーコワイっすね人の心には鬼がいますよね」的なトークをしはじめたから目が点。なんなんだこれ。武生のルパン三世が渡り鳥の説明する「かんべんしてくれトーク」再び。そんなところで北林作品の真似をしないでいいよ。最後にそういう説明つけるなら(つける必要ないけど)(そういえばこの芝居、何かあるたびに、たとえば温羅が鬼になった場面に、「温羅は、鬼に、なった」とかいう録音ナレーションがいちいちかぶさるという謎仕様だった。視覚障害者向けとも思えず、これもまたバカみたいな演出だ)、おとぎ話の鬼の話を聞いて怖がる子供に、鬼の真似をして哀しい話をしてやりながらふと遠い目になる温羅(にそっくりに見える男)、とかの場面ぐらいにしてほしい。

ここまでは台本と演出の話。あとは演技がなあ。全体的に「いつもと同じ」。想像以上のものが何もない。役者に、こちらのイマジネーションを超える何かを出させるのは作品の力だ、と思いつつ、こういつも通りでは……まあ……作品がよくないんだとは……思うんだけどねえ……。


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