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大日貴

大洲紀行4

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いやもう大洲は離れました。伊予市という駅前にあった看板。海は近いがそれなら何も乾物の名前をつけなくてもと思う。

大洲紀行3

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大洲の商店街ではこれを集めると何かいいことがあるそうだ。

大洲紀行2

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スナック通りみたいなとこがあってその四つ角(というか隘路)の上にこんな看板があり、これは青線かと思い駆け寄るとさっきの銭湯の看板だった。でもスナック路地の銭湯だしそういう銭湯かもしれないが。
それにしても、スナック路地とは思えないほど空が広い。

大洲紀行1

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伊予の小京都だそうだ。町に人のいないこと武生の如し。この風呂屋はいいが京都ではない。

人を撫でさすり人を殺し

凶器の骨

思えば歌劇の燕尾服ってのも安っぽいものだ。プラスチックのボタンにジレはジルコンのボタン。ジルコンのボタンとはいったい何事だ。しかしこのジルコンひとつで数千円という世界である。バカバカしい。しかし本体の燕尾のボタンがプラだとジレにせめてジルコンでもつけないと見られたもんじゃないかもしれない。つまり服地から仕立てから釦の材質からすべて吟味しきって初めてジレーがシンプルな貝ボタンでももつ、ということか。そんな燕尾服はいったいいくらかかるのかと思うと気が遠くなる。しかし安物をキンキラで飾るようなことをしなくたって充分に美しい骨があるではないか。骨をとりまく絶妙の肉と皮膚とサージのようなふつうの生地と貝ボタンでいいではないか。

戻る。元の場所に

今日もリンデに行ってしまったなどと書こうとして何もかもいやになる。リンデはうまい。確かにうまい。明日、プレッツェルを十個買おうと考えているぐらいうまい。でも吉祥寺のドイツパン屋に毎日のように通っているなんて腐っている。きのうから宇ち多”のことが忘れられないでおり(きのうは京成立石→京成小岩→徒歩→JR小岩→古いケーキ屋でケーキ→新宿→喫茶店2軒チョコレートパフェとレモンティーなどという行程だった)リンデよりは宇ち多”のほうがまだ腐れぐあいはマシかもしれないが所詮腐っているのだ。こんな腐った毎日は破壊せよとアイラーは言った。

家郷

standing stones

グルメ本で見て東京の東の端っこにある町のモツ焼き屋にわざわざ行くのすら恥ずかしいことなのに開店前から並んで開店したら一回目の席には座れずさらに並んで待つなどという恥の上塗りをしてしまったのであるが、しかし今私は「ただちにまた行きたいたとえ開店前から並ぶことになろうとも」という気持ちだ。京成立石の『宇ち多”』である。

私は酒を飲まない。というか飲めない。美味しいと思えないからだ。道頓堀にこじゃれたモツ煮込みを出す『ふじ井』という店があってそこではハイボールが名物で、それは酒をジンジャエールで割るのだが、私はハイボールよりもジンジャエールのほうがうまいと思う。アルコールのあの味が好きじゃないんだろう。で、『宇ち多”』はウーロン茶もサイダー(キリンレモンであるが)もあるからノンアルコールで行けるのだが私は取り憑かれたように「梅割り」と言っていた。割りというから梅が半分ぐらいかと思うとそんなことはなくコップにキンミヤ焼酎(らしい)をなみなみついでそこに梅を滴らせる、程度なのである。しかし私はそれをぐっぐっと飲んでしまいおかわりまでした。焼酎なんかふだんまるっきり飲めないというのに。私の嫌うところのアルコールの味はガンガンするのに、飲めてしまった。2杯目はサイダー(キリンレモンであるが)をもらって飲んだそばから割っていったが。でもそれよりも1杯目の梅割りのほうがきっとうまかった。いったいなぜだろう。

頼んだもの。煮込み。おしんこ。タン生。レバ生。アブラ塩。レバ塩うんと若焼き。ハツ塩。ダイコンしょうがのっけてお酢。タン生。レバ塩うんと若焼き。シロタレ。タン生は本に載ってた写真を見ただけで取り憑かれてしまい夢にまで出てきた。それをついに食べた。想像の中で味わっていたものと同じ味だった。私の想像力は現実なのだった。煮込みは甘ったるくなく、「コンニャクなどによる増量もなし(モツ煮込みを評した立花隆の名言。ここの煮込みの話じゃないけど)」で、各部位とろけるようでたまらんものがある。ふじ井の煮込みと方向性は同じだができあがりがこう変わるか。どっちも同じぐらい好きだ。アブラ塩は悪魔の食べ物。ハツ塩は「これを食べ物でたとえたら白米」のような位置と味わいだった(わかりづらいことを言っていると思う)。私はシロというものが好きでなく、焼き物におけるタレも好きではない、のにもかかわらずここのシロタレは美味いと思ったのでびっくりした。そしてレバですよ。私は写真で見てレバは生よりも若焼きのほうがうまいだろうなと思っていた。先に生が来た。大きめに切ったやつを串に刺してある。食べた瞬間「まるで新鮮な野菜を食べているよう」と体が叫んだ。私は今まで食べた生レバーでいちばんうまいのは堺筋を南下したどんつきにある焼き肉屋の生レバーだと思っていたが、口に入れた瞬間「今まで食べた生レバーでいちばんうまいのは今口の中にある」と評価を変更した。そしてレバ塩うんと若焼きがきた。生レバーがとんでもなくうまかったがこの若焼きはもっとうまかったのだ。そうなると若焼きよりも生レバーのほうが「うまくない」ということになるのだがそうはならず、別のものとして優劣をつけることが不可能というか無意味、と私の評価メーターはそう評価を下した。とにかくとんでもないレバーだ。レバーを焼くならだんぜん塩なのだが次回、タレも頼んでみたい、と思うけどタレに浮気する余裕がないと予想する。そしておしんことダイコン。こいつらは、立場的に合いの手ということになろうが、そうではなくて肉と同じぐらいのパワーがあった。とくにダイコン。こんなダイコン食ったことない。

そして特筆すべきは店の兄ちゃんなんだが、あの人が内田さんなのかどうかわからないが、兄ちゃんのクールとあったかいのとかっこつけと含羞とが入り混じったあのたたずまいはめったにお目にかかれるものではない。

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