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大日貴

ともだちいないの? 2010-03-22

  • まったく知らない場所だし何の思い入れもないんだけどミネアポリスというところに行ってみたい。あとSIOUX CITYという場所も。 #
  • 松山市が揺れたー。最近地震多いなー。 #
  • 民俗学って、確かに本の表紙まではすごく面白そうなんだよなあ。あと、本の紹介文もやたら面白そうに書いてある。 #
  • 民俗学系の本が並んでる棚と、幻想文学系の本が並んでる棚は、本屋の中でもとくに興味深そうで面白いですよ〜って空気ぷんぷんなのに、読んでみるとだいたいつまらない。駸々堂京宝店のあのガックリが主出される。 #
  • 京都書院と祇園書房が好きだった。三月書房は2年に一回行くならいい。 #
  • @hommam 松村雄策が佐藤泰志にすごく入れ込んでましたね。松村雄策経由で佐藤泰志を読んだ人って多いかもしれない。 in reply to hommam #
  • @rkazaki セリフとストーリーがあるものは演劇と見てるんです。能でもなんでも。だからレビューと歌舞伎は私は全然別物なんですよ。まあ歌舞伎と一口に言ってもいろんなのがあるんでしょうが。今回の「理解しないでいいから云々」は演劇についての話として言ってます。 in reply to rkazaki #
  • wikiの音楽評論家のカテゴリーには森脇美貴夫は入ってないのか。 #
  • 猫は目が離れているほうが可愛い。 #
  • どうしてもまねできない作詞能力をもつHaco様。 #
  • 黒い燕尾服に飾りはついていてほしくない。 #
  • 桃屋って、桃の甘さみずみずしさがまるっきり感じられない屋号。 #

哉走りその3

承前)
とにかく、とんでもないやつである、というのが大貴誠に対する最大のホメ言葉であり、(当然ながら)批判でもある。芸能人にふつうの常識を求めてはいけないとかよく言うけれど、そして実際、ふつうの常識のない人が山ほどいて「魅力はないが人間としてクズ」なんてのも河原の石みたいにごろごろしてるのだ。あいつら人間のクズだ、なんて小説の中の絵空事のセリフかと思ってたもんですが今はごくふつうに暮らしつつそんなことは息をするように言う。人間のクズの多さは、空気中の窒素の如し。しかしそのクズの度合いのスケールが小さい。あ、いや、クズってのはそもそも小さいもんか。だからクズか。ほんと、クズ性の発露が私利私欲だけ、ってのがクズたるゆえんというか。

大ちゃんはいろいろな面においてとんでもない人だけどクズではない。もっと大きい。
とんでもないことを主張する時に、それが必ずしも自分の得にならない、というか逆に自分を追い込む。でもその追い込みっぷりというのが、正義の道を行くためには泥をかぶること辞さず、というようなキレイゴトではなくて一見メチャクチャなので、周囲の者は逃げ出すか巻き込まれて暴風に叩きのめされるかどっちかで、さらにご本人も暴風に叩きのめされたうえに雷が落ちたような有様になったりするのである。いったい誰が得をするのだ。何のための正義。巻き込まれるのがバカなのだ、と簡単に言う人は幸せだ。幸せだけど甘いねー。世の中そんな甘かないんです。あなたはすべてにおいて合理的に生きているのか。まあそういう人は「合理的に生きている」と言い切るのかもしれない。ああ、うらやましい。(つづく)

わが町で有名な

100320_1635~01.jpg

さぬきは隣の県だが、わが県のうどんはさぬきとはすごくかけ離れているみたい。甘くてとろけるうどん。

ともだちいないの? 2010-03-20

  • フォローしたおぼえのない人がフォローされている。この人は誰。 #
  • @rkazaki 能が、はじまった当初は今の上演時間の三分の一ぐらいで(つまり速度が三倍速い)、もっとドラマチックなもので、つまりそれこそ新劇的なものであった、というのを本で読んで、今こんなふうになってるのはきっとやってる側の「勘違いor間違い」なのだろうと思っていたので、 in reply to rkazaki #
  • @rkazaki 「理解しようとするな」というふうに言われることには反射的に拒否反応が出るのでした。理解できるようにしようとしてないのはあんたら(含む批評家)だ、と思うから。 in reply to rkazaki #
  • ものすごい風で気圧が下がり(適当に言っている)、それによって眩暈がする(その因果関係も適当)。 #
  • @rkazaki 「理解できる」ものだと思うので、「理解するな」と言うのが間違ってる、というのが私の意見です。たとえば何かの物語を読ませて「理解しないでいいから楽しめ」とは言わんでしょう。 in reply to rkazaki #
  • ますます風が強い。頭がぼーっとする。温度が異様になまぬるい。気味わりー。 #
  • 『昭和能楽黄金期』という本が面白いー。山崎楽堂の息子(朝日ジャーナル編集部にいたとは知らなんだ)の話の聞き書き。櫻間金太郎の『能楽三代』に並ぶ面白い能の昔語り。 #
  • @hikariopopote 他人事ではないです。でも、人の勢いだと砂が流れてしまいます。 in reply to hikariopopote #
  • 明日は日曜日であって日曜日でない。う、うれしい。 #
  • @hikariopopote うちは鉱物砂でよく固まるんですが、……しかし猫の勢いとは違ったようです。 in reply to hikariopopote #
  • ヴァージン・プリューンズってどんな音だったんだろう。 #

哉走りその2

承前)
やっぱりこんな悩みはありふれてる….. _| ̄|●
宝塚ファンの人のやってるサイトを読んでたら、退団した男役スターのファンがまるっきり同じようなことを書いているのを発見した。「お前の悩みなどありふれている」。ほんとうにそうだ。福田恆存のおっしゃる通り。いや、福田恆存じゃなくたってこんなことは誰でも言うよな。元男役の性別問題などごくありふれている。

しかし違うんだよ大貴誠は。

その「ちがう」がすでにもう多くの人が等しく陥っている悩みだ、と福田恆存は言うか。いやもうそこはいいや。めんどくさい。人類の悩みじゃなくて個別の悩みの話をしてると割り切る。大ちゃんの問題は、性別問題じゃなくて性格の問題かもしれない。田舎の家の床の間とかに、水晶の生えた岩の塊を紫のフトンにのっけて飾ってあったりするが、大貴さんもああなのだ。常識と非常識の混在。水晶だけ取りだそうとしてもムリ。何しろ常識も非常識も目立つ。常識と非常識もそうだし、美しさと醜さ、頭の良さと頭の悪さ、柔軟と頑迷、やさしさとつめたさ、どれもはっきり見える、すごくハデな状態で両方装備しているのだ。こういう人とつきあうとどうなるか。

やってられなくなる、のである。ふつうは。
コップに蜜と毒薬入れて飲んだらおいしかったですまず死ぬ。死にたくなければ蜜を諦めるしかないんだが、混ざり合ってるんじゃなくてきっぱりわかれていて、しかしそれはくっついていてとれない。人間とは弱いもので、自分の都合のいいことだけを、自分の都合のいい方向からしか見ないところがあり、「これはきっと蜜のほうだ」と自分を騙すのだ。しかし蜜はきちんと甘いけれど毒は毒だからそっちはそっちで七転八倒の苦しみをすることになる。けれど蜜が信じられないぐらい甘いので七転八倒してもそれをやめられない。わかりやすく毒薬の看板を出しているから、それに当たって苦しんでいても誰からも同情を得られない。バカにされて終わりだ。

しかし本人もいろいろたいへんだろうとは思う。さすがに体のあちこちに、宝石が埋まっていたり、核廃棄物が埋まっていたりして、それが中和もしないというような状況では、どうしたらいいかわからないだろう。大貴さんが「ああいうふう」なのはしょうがないよと思う。ああいうふうだから、ああいう舞台人になるしかないだろう。男役、ってもののある世界にやってきてよかったと思う。ただし、男役というもののある世界、では世間の常識とまた少しずれていて、そのズレ方と、大貴さんの「中の悪いもの」の方向は違っていて、それはよくなかった。だから良かったのか悪かったのかどっちなんだ。(つづく)

ともだちいないの? 2010-03-19

  • @rkazaki 私は、舞踊はともかく、能や歌舞伎や狂言のように「古典演劇」は「理解しようと思うな」とか言われるとものすごくカチンときます。まず理解してもらおうと思わなくてなんなんだよと思う。 in reply to rkazaki #
  • まあ、歌舞伎の場合、話のスジがわかっても、見た目が気持ち悪いから私はダメだ。能は、能面と装束が美しいから舞踊のようなつもりで見る。あらすじだけ見るとドラマチックだったりするのになんでああなっちゃうのか。演技ヘタだったりするんだろうか。能における「演技」ってどれぐらい重視されるの? #
  • 桜間龍馬の道成寺(もちろんテレビ。白黒)はかっこよかったなあ。 #
  • なんだか意味はわからないけどかっこいい、と思えるものは確かにある。しかしそれを、やる側(とかやる側に近い人)が「意味はわからなくてもいい」と言うことにひっかかるのだな。重要なことを放棄してるだろう、と思うから。 #
  • うまそうな鳥レバーを仕込む。 #
  • 散歩の達人の表紙ってなんでこんなだめな感じになっちゃったんだろう。 #
  • 散歩の達人を見るたびに、「この阿佐ヶ谷のメガネ屋のフレームを買いにいってみたい」と思う。場所が阿佐ヶ谷ってのがいい。 #
  • あんなに美味そうに見えたレバーだったのに、食べたらイマイチだった。火を入れすぎたのか。あと、インゲンが高かったので、マッシュルームだけのサラダにしてみたら、これもどうもイマイチ。ドレッシングを吸ったインゲンが重要な役割を担っていたのね、と思い知らされる。 #
  • @rkazaki 舞踊と演劇はちがいますよー。ミュージカルとショーが違うぐらい違うと思います。で、古典演劇について、理解しなくてもいいというのは、見る側が言うのは仕方ないと思います。やる側や解説する側に言われたくないのです。ちゃんと説明もできんのかと思うので。 in reply to rkazaki #
  • @rkazaki あ、たぶん、台本のある「芝居」で、「わからない」を前提とすることはありえないと思ってるので。本当はわかるべきものを「古典」であることに甘えてわからせようとしていない、という不満が基本にあるのです。 in reply to rkazaki #

哉走りその1

瀬戸内晴美が若くてまだ作家じゃなかった頃、友達のだんなである福田恆存(さいきんやっと読み方を知った。ずっとオンゾンと読んでいた)にいろいろと悩み相談をしていたら「あなたの悩みが大ごとだと思ってはいけない、そんな悩みはごくありふれたものだ」というようなことを言われて気が楽になった、という話が『続・奇縁まんだら』に書いてあってそれを読んだとたん「ウソだ!」と叫んだ。小説家を目指そうというような人間が自分の悩みをありふれたものだとか言われたらすごく侮辱されたと思うかすごくがっくりくるかのどっちかだろうと思ったからだ。それとも大作家になって八十すぎたら昔のこともみんないい思い出、みたいなもんなのか。あるいは仏の道によって醜い心を克服したんだろうか。私があと四十年生きたとして、その境地に至れるような気はしない。というか、ウソだ、と思っておりますが。

実にこちらもありふれた悩みである。
大貴さんがOSKを退団して3年たった。そのうち2年は潜伏……じゃないや雌伏の時期であって、退団後にちゃんとした舞台に立ったのは去年五月のそごう劇場、それからこないだのStudio ZAZAの公演で2回目である。回数で言えば「退団したて」みたいなものである。その時期の「退団した男役」および「そのファン」のおっこちるアリ地獄みたいなものが、すぐそこに大口をあけて待っている、ような状態だ。というか、自らそのキケンな口に入りたがってるんじゃないかと思うことがある。よく台風の時に「田んぼの様子を見にいって川に落ちて死ぬ年寄り」が必ずいて「あれは嫁さんとかに、おじいちゃん田んぼ心配ね、見にいっちゃだめよ危ないから、でも危なくないように見にいってきて」とか言葉巧みに言われて行く、一種の「台風時謀殺事件」なんじゃないかと思うことがあるが、私の場合は自分の意志でついアリ地獄の口に近寄ってるなと自覚する。

大貴誠という人は男役としては小柄で可愛いにもかかわらず、芝居がうまいもんでおっさんの悪役とかうまくて、しかも舞台を降りるとふつうに美人さんであって、さらに素顔はやけにサバサバサとしていて時にオカマバーのマスターみたいなところもあり、そもそも「いわゆる性別」できっちりアピールする人ではなかった。といって「どっちでもない」ということは断じてなく、「男でも女でもないが(いや女寄りではあるが)ちがう生き物」みたいな人だったのだ。

……などと書いてると、福田恆存が「きみ、それはね」と少しばかりうんざりしたような声色で言うのが聞こえてくるようである。いや、私は福田さんとはなんの関係もないので、最後まで聞いちゃくれず途中でどっか行っちゃうだろう。というか、そもそも会ってくれない。

実にありふれた悩みである。
たぶん、男役スターのファンだった人なんて、そのスターが退団したらみんなこんなこと考えてるに決まってるのだ。
しかし私は言いたい。ちがうぞ。ふつうの男役のスター(含宝塚)が退団したのと、大貴誠が退団したのとは。知名度とか美人度とかそういう話ではなく、大貴誠はちょっとちがうのだ。(つづく)

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