もう終わったことだ

白間鉄也

福岡には二年住んでいたので「行きつけの店」があって、それが家のあった福岡市南区の最寄り駅であるところの西鉄大橋駅の近所にある『マサラキッチン』。カレー屋だ。うまい。ここの『ラムキーマカレー』にゴートチーズをトッピングしたやつが大好物で、夢に見ることがある。でも引っ越し後、HKTの7周年公演のキャンセル待ちに当たって福岡にいった時(しかし繰り上がらず会場の扉前で力尽きる)、とうぜんマサラキッチンに寄ったら新メニュー『角煮カレー』を突きつけられてしまい(いやただメニューに書いてあっただけです)、それを食べたらそっちを夢に見るようになったので今回も朝早いバスにして昼飯に角煮カレーを食べる。うまかった……。。

と、何か唐突に福岡の食い物話を書いているが、これに引き続いて『仁義なき戦い@博多座』について熱く長文を書いている途中にブブカ編集部から連絡があって仁義原稿頼まれたので書いてたやつを流用したのです。で、食い物話が残ったのでここに残した。マサラキッチンほんと美味しいよ! それと、ブブカに書いた原稿も長いけど面白いから読んでね!

BUBKA2020年1月号

仁義@博多座はチケット1枚しか取ってなくて、まあ一回見りゃいいと思うよな。それが衝撃のサイコー舞台だったので(今年いちばんのビックリ物件であった)、だからBキャストも見るために(最初に見たのはAキャストである)千秋楽に出かけたわけですよ。千秋楽のチケットが、公演が始まってからも買えるという状況でもって、ヲタの皆さんのこの舞台に対するさめた気持ちを推し量っていただきたい。しかし見にいかなかったやつはバカだ。円盤にもならなそうだし映像配信もなさそうだし、あの舞台は見た者の頭の中にしか残っていない。

一生悔やんどけ

ちょっと悔いが残ってるのが、ブブカに書いた原稿はAキャストを見てのもので、同じ号に載ってた杉作さんもAキャスト見ての原稿だから、Bについて語られてないのだ。ブブカの次号にBキャストについて誰かが長文書いてるならいいが、すでにAKB界隈では「仁義? そんなんありましたっけ」的に時は進んでしまってるしBキャストの舞台写真がちらっと出て終わりじゃなかろうか。でもアイドル雑誌見て思うのは、「私の知ってるファン雑誌、たとえば『ミュージックライフ』とかって、グラビアは舞台やコンサートのライブ写真でステージの詳報がすごい重要なもんだった」ということで、アイドル雑誌はそうじゃないんだよねえ。舞台写真より水着や着衣のスタジオ撮影写真。私は劇場公演の写真(=レポート)をガンガン載せてほしいが、需要ないんだろうか。DMMのスクショでみんな満足してんの? あんなんじゃなくてきちっと明るいレンズで撮った動画じゃない「写真」が私は見たいよ。『仁義なき戦い』の舞台写真も、「アイドル雑誌におけるコンサート写真」そのものの「もうちょっと気合い入れてくれよ…!」と叫びたくなるようなもんでしかなかった。

でも、たとえ私が仁義のゲネから張りついて気合い入れて写真撮ったとして、それで「サイコーに素晴らしい坂井の鉄ちゃんが撮れた!」として、それを載せたとしても「AKBの『仁義なき戦い』の素晴らしさ」は表現しきれなかったと思う。どんな写真だろうが(たぶん映像であっても)観てない人には伝わらなかったろう。だから生で見るしかなかった。

そこでBを見ての感想である。Aがあんまり素晴らしかったんで、Bは期待してなかった。仁義が素晴らしかったのはAキャストの素晴らしさ、かもしれないと思ったからだ。ちなみにAにもBにも私の推しメンといえるメンバーはいないので「この人がやるから許す」みたいな視点はない。だからAにビックリしちゃったわけで、そんなビックリが再びあるなんてちょっと考えづらかった。それが、Bを観はじめて、最初の5分ぐらいは「岡田奈々の芝居は宝塚の男役っぽいなあ」とか余計なことに気を取られたがすぐに、
「う、これは……」
Aの時とまるで同じ、不随意筋がガクガクと震えてくるようなアレがきた。驚くべきことに、BキャストでもAの時と同じぐらい『仁義』は良かったのである。ほんと驚くよなあ。

『仁義なき戦い』はヤクザものでも抗争モノでもなくて、杉作さんが言うとおり「戦後すぐの男たちの青春物語」で、今そういうものを現代の男が演じても薄汚いし絵空事にしかならない。それを男性やプロの俳優を入れずにAKBグループの女の子(=演技が素人)たちだけで、「青春の一瞬のきらめきと、もう戻ってこないその一瞬」を追究した舞台にしたからこんな「美しく儚い物語り(いやほんと、そうだったのよ)」になったんだと思う。今どきの、Vシネマとかでありがちなヤクザもののヤンキー風味ゼロ。何しろセリフから何から練り込まれててヤンキー芝居する余地ないし。ヤクザとヤンキーは相容れないもんだということがはっきりわかる。そして「バカなことをやってしまう」人物を描くことはバカにはできないということ。「バカの哀しみ」「悪党の哀しみ」、そして「ただの悪人」が全部揃ってストーリーが大河の如く流れる。笠原和夫はすごいわほんと。そしてこの企画を立てた博多座のプロデューサー、今いちばん話を聞いてみたい人だ。最初からこの舞台がこんなすごいものになるってわかってて企画したんだろうか。バットを振ったところに球が来てホームラン、みたいに見えてしまうが、勝算あって企画したんだったらその慧眼に恐れ入る。

AキャストとBキャスト。同じ役を別人がやるんだから、比較するなというのも無理な話だ。推しメンはいないといっても「憎からず思うメン」はいるわけで、他にも「好みじゃないメン」「興味ないメン」「知らないメン」がいた。いちばん多かったのは「興味ないメン」。そして、AもBも、興味ないメンが「サイコーにイイ!」と思わせたのである。とにかく、

武藤十夢と白間美瑠ですよ!

坂井鉄也という役が魅力的ってこともあるが、二人ともうまかった。芝居とか演技とかステージングとかそういう次元ではなく、二人が坂井鉄也という男として舞台の上で存在してるんだ。惚れたよ坂井鉄也に(そして武藤十夢と白間美瑠本人には惚れないという)。これひとつとってもすごい舞台だったよ。

そして武藤十夢の鉄ちゃんと白間美瑠の鉄ちゃんはやはり微妙に違っていた。どっちかというと白間鉄ちゃんのほうがケレン味ある鉄ちゃんで、武藤鉄ちゃんはまっすぐ。何かと「くらべたがり」「優劣つけたがり」の私が「この二人の坂井鉄也に優劣はない。どっちの鉄ちゃんも本物の鉄ちゃん」と思ったっつーんだから、ほんとすげえ。

全体を眺めても、鉄ちゃんがそう見えたのと同じように、Aキャストはまっすぐ、Bキャストはケレン成分が多かった。

いちばんわかりやすいところで比較すると山守親分とその妻。調子が良くて卑怯で悪者でタヌキな山守と、その崩れたヨメ。
Aキャストは山守が田島芽瑠でヨメが坂口理子。
Bキャストは山守が斉藤真木子でヨメが吉田朱里。

ふたりの山守

斉藤真木子の山守の演じっぷりって、AB合わせていちばんプロっぽかった。甲高い声の早口で、山守のタヌキっぷりを、時にみっともないぐらいコミカルに描いてみせるという山守。そしてその妻の吉田朱里の美しさと生臭さ。くさいんだけど何回もくんくん嗅いじゃうような、傷口のウミみたいなあの匂いがむわーんと漂ってくるんですよ! すげえうまいなー!と思ったが、ちょっと全体から浮いてた気もしたんだよな。手慣れすぎてて浮いてるというか。舞台を壊すほど浮いてるわけじゃないけど。

対する田島親分&りこぴヨメ。芝居っぷりが素直というか、「研究して追求してすっかり山守親分が好きになっちゃったことがわかった芽瑠」と「台本を読み込んでしっかりやります」というりこぴ。気心知れた仲でもあるし、ちょっと内輪っぽさも感じてしまった。舞台を壊すほどじゃないんだけど。

舞台の役者ということで見たら、山守夫妻はBキャストのほうが巧みだったと思う。でもAキャストがつたなくてアカンかったかといえばそうじゃなくて、つたない芽瑠のまっすぐな芝居が、広能や鉄ちゃんに対峙すると「立つ」のよねー。まるで「芝居じゃない」みたいなのよ。って、うまいわけじゃない。そうじゃくて。

この、ものすごく特異な『仁義なき戦い』という芝居の中では芽瑠の山守の存在感がどう特異的であったかがいちばん説明しやすい、と思うんだがそれでも説明しきれていないというか、見てない人にはさっぱりわからないんじゃないだろうかと不安になってくる。たぶんわかってもらえてない……