ないた緋鬼

ひーちゃん(緋波亜紀)の名場面、名演技で書き忘れたものがあったので。

2009年3月大阪松竹座『春のおどり 桜彦翔る!』。春のおどりで初の「ミュージカル作品」で、『走れメロス』を下敷きにした、明るく正しい……とはいえない魑魅魍魎や魔女が出てくる架空の古代「天標(アメシルシ)国」のお話。主人公の桜彦は天標の王子ということで、天平時代に東大寺を建立した聖武天皇ってのがいましたが、この人の諡号は天璽国押開豊桜彦天皇(あめしるしくにおしはらきとよさくらひこのすめらみこと)なので桜彦は聖武天皇なんだな。桜彦と結婚する隣国のゼノビア姫ってのは光明皇后ですな。そんなことはほぼどうでもいい。

この『桜彦翔る!』の中でひーちゃんは「ナンタラ」という役をやってました。もうひとり「カンタラ」ってのがいて「ナンタラカンタラ」コンビで、ちょっとマヌケな敵方の兵士。

ナンタラとカンタラ

左がナンタラ。コワモテで主人公と戦ったりずっこけたりしている、まあよくある役なんだけど、よくあるだけに難しい。この敵国の宰相というのが、その国の女王に横恋慕するあまり魔女に心を売った男なのである。ナンタラはその直属の部下で、宰相が魔女に心を売るずっと前から仕えていた、ちょっとマヌケだけど忠実な部下なわけですよ。好人物で腕も立つ。宰相のことを疑うなんて考えようとも思わない、でもなんだかおかしい、という気持ちを心の中に押し隠してずっと仕え続けているのだが、桜彦を殺す命を受けて、旅する桜彦(ほれ、メロスですから、行って帰ってくる、その途中を魔女および宰相が邪魔をするわけです)と奇妙な珍道中をするうちに、疑惑が確信に変わる。変わるのだけど、桜彦に「ラバーナ(宰相)は魔女の手先だ!」と言われたナンタラは、

「だまれ!……だまれ、だまれだまれだまれ、だまれえええええ! ラバーナ様は、先の王に命をかけてお仕えした、立派な人だあああああ!」

と絶叫する。もう半分は信じられないんだ、心で泣いてるんだ、でも「冷たく厳しいが、知勇の誉れ高い上司であったラバーナ様の素晴らしさ」も忘れることができないんだ。

ここがこの作品でいちばん泣けた。こういう、脇役の「思い」や「哀しみ」が、説明的にじゃなく表現されて芝居の厚みを増す、というのがさいきんめっきり減ってしまった(T_T)。今はもうそもそもそういちゃんとした脚本演出がないし、このナンタラの芝居をできるような劇団員もいないし。桐生麻耶はそういう芝居をできるけど、トップスターになってしまったのでもう構造的にムリだ。ひーちゃんのナンタラの芝居を見るためにあらためて『桜彦翔る!』のDVDを見直していたが、やっぱり桐生さんの演じる瀬戸(という役名)はためいきが出るほどうまい(桜彦が戻ってきて「来なくてもいいのに!」っていう台詞とか、あとやっぱり、ラストの引っこみね。あれはすごいわ)。なので桐生さんが特別専科入りするというのを私はいいこと(でもある)と思ってるのです。いや、ひーちゃんはついこのあいだまで脇役をいくらでもやれる特別専科のメンバーとして在団していたのだ。そのひーちゃんの力を無駄遣いしてたなあという気持ちがわくのだった。

ナンタラと瀬戸

ナンタラと瀬戸が一緒に映った一瞬。あ、ひーちゃんといえば2007年春のおどりの「太左衛門橋」もよかったですよねー。人じゃないのよ「橋」の役でっせ。ひーちゃんは、OSKのすばらしい財産でした。

太左衛門橋