ツクヨミの月光領域

月光領域だ!

中井英夫のエッセイを読んでたら、

「同性愛は月光領域に属する」

という一節があって「うっ、そうか、そういうことか」といろいろ納得してしまった。いや、ツクヨミのことです。あれだけ月をフューチャーしてたのは月光領域だからか、と。この作品の一大特徴は、

男女のラブロマンスがない

「ヒーローはいるがヒロインはいない」ってのもある。まあ皇極帝というバケモノはいたけどあれはヒロインじゃねえよ異物だよ。ヒーローは女を必要としていない。第二章に出てきた「出雲阿国」は女で、舞台上で伊達政宗と性交乱舞(暴言)みたいなことしてたじゃん、といっても演じてたのは2番手男役で、見るほうとしては「ヒーローが女装している男とヤッた」みたいなBL。第一章も「蘇我入鹿と中臣鎌足のプラトニックBL」だったし。

男男のラブしかない!

ラブは溶岩のように作品内部にドロドロ流れている。心地よいロマンスぅ〜、みたいなもんは絶無! 私は歌劇における「ラブロマンスぅ〜〜」はかゆくなるしそういうのは宝塚にまかせときゃいいと思うからそれでぜんぜん結構だが、『ツクヨミ』で「娘役がぜんぜん使われてない」って娘役ファンが怒ってたのは「ああそれはわかる、気の毒すぎる」とは思った。娘役は背景であり通りすがりです。月の精みたいなヒトヒラという美形が、この『ツクヨミ』の通奏低音を奏でてる、みたいな理解の仕方をしようかと思いましたがどうもそれではしっくりこなかった。月光領域がこの作品の背骨だったのかそうかそうなのかオマエだったのか。

第三章 Full Moon(中山安兵衛物語)

酒飲みでぐーたらで喧嘩っぱやくてダメ男だけど人情に篤くて「こまったなこのヤロー」的に愛されている浪人・中山安兵衛が、恩ある叔父(血縁じゃなくていわゆる「オジキ」)が高田馬場で果たし合いをするからその助太刀に駆けつける。その「駆けつけてる」ところが場面の8割。「決闘高田馬場」じゃなくて「疾走高田馬場」だ。どう疾走しているか、というのがこの場面の見せ場である。出演者全員が舞台上で安兵衛を疾走「させる」(たぶん安兵衛以外の出演者のほうが安兵衛より走ってる)。『ツクヨミ』ではだんぜん第三章が好きでこの疾走場面「音楽もいいぞ!」

カゼノゴトク トブガゴトク ハシレハシレ イソゲイソゲ ケットウダケットウダ タカダノババヘ スケダチダスケダチダ タカダノババヘ オイカケロ ミノガスナ ワレラノセナカ

これを延々と延々と繰り返す。トランスミュージック(違)。すごく長い。いつもの私なら「なげーんだよ!」とぶーたれること必定の長さなのにぜんぜん長くない。第一章の歌劇ちっくなしっとりドラマチック音楽より、第二章の政宗んとこで出てきたギターぎゅんぎゅんバスドラ連打ヘビメタより、ここの音楽が私にはロックだった。途中で能管のヒシギが「ピシィィィィィィーーーーーーー!」と入るとこもカッコよくてぞくぞくした。この最後のとこで高田馬場の決闘、となるが前に書いたように殺陣をぜんぜん見せ場としてないのでそこはさっさと終わらす。そして主人公も善人も悪人も野次馬も全員勢揃いニコニコ「ケーセラーセラー」と合唱して『ツクヨミ』大団円、緞帳降りる、という、そりゃはじめて見たら「ぽかーん( ゚д゚)」ともなるよな。でも何回もご覧になったわたくしとしましてはこの第三章はほんと素晴らしい。

そういえばこの「浪人中山安兵衛」も舞台上の長屋のセットも、最後に安兵衛が着替えて出てくるラメでギラギラの着物も、題材といい外観といい「大衆演劇の演目そのもの」なのですが先日申しました通り桐生麻耶が大衆演劇スピリット皆無の男なのでまるでそんなふうには見えません。

では、この中山安兵衛譚におけるラブはどこにあるか。探すのはなかなか難しいが私はちゃんと見つけてある。最初は「中山安兵衛×虎吉」かと思わせるが(あんまり思う人もいないと思うが)違う違う、

恩ある叔父!!

コレだよ。中山安兵衛と菅野六郎左衛門は念者・念弟の関係だ!(史実ではどうなってる知りませんが。そもそも史実重視なら菅野六郎左衛門は討ち死にしてるし!)攻めは「念者ねんじゃ(兄分)」、受けは「念弟ねんてい(弟分)」。華月が攻めで桐生受けだ! こう来るか! そんなこと思ってんの私だけかもしれないけど! でも気づいてドキドキしちゃった。ドキドキするけどジメジメしてないのもOSKらしくていい。月光領域でもお耽美にはならないのがいいんだよ!

こういうのはお耽美ね。

なかよし

あと、目立たぬところでありますが高田馬場の決闘の敵方、村上三郎左衛門と中津川祐見もあれはデキている。『ツクヨミ』のキャスティング中、私がいちばんウケたのは、朔矢しゅう演じるところの中津川祐見。最初に「総髪、シブイ色の羽織袴姿」で出てきた時、「なんだあの由井正雪みたいなワルは!」と目がくぎづけ。

由井正雪真ん中

そのワルさの中にただよう小者感腰抜け感がサイコー。いかにも「時代劇の斬られ役」みたい(だけど顔はムダにいい)。最後にすっかりよさそうな人となり「ケーセラーセラー」と歌う姿は「世は全て事も無し」、たいへん幸せな気持ちとなったのであった。演舞場で春のおどりご覧になるかたはぜひ見てね。

中津川祐見だ

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