BL泥海古記① 僕の行方

見えない蘇我さん

どういうきっかけでKindle UnlimitedのBL小説を読みまくることになったのか覚えてないんだけど、とにかく読みまくっていて、最初のうちこそ「なんなんだこりゃ」と笑いながら読んでたが(だって舞台も設定も文章もとんでもないんだ。それがどうとんでもないかというのを書きたいけどキリがない)、
 

泥の中にダイヤモンドが埋もれている…!

ことに気づくことになる。いや、そんなの今さらすぎるし、今まで多くのBLファンの方がそうやって見つけた多くのダイヤモンドを紹介されてたのもよく存じ上げております、のですが自分で見つけないとダメですね。「これいいよー」って言われて「いいねー」と読むのと、自分で発見して「おおこれは…!」と読むのでは感動の熱量がちがう。

そして、いくつかのダイヤモンドを発見して、しみじみと感動しながら、同時に「私がこの巨大な泥の海からダイヤモンドを見つけたのはほんとに偶然だ。見つけていなかったらずっと、BL小説は泥の海のままだった」という恐怖も感じる。恐怖ってのも大げさですが、でもほんと、発見できたのは偶然の産物だもん。たまたま買った宝くじで10万円当たるぐらい、稀に見る偶然。まあ、大量のハズレくじの山を築いていればこそだ。

そこで、見つけたダイヤモンドをいくつかご紹介したい。第一弾は、

『僕の行方』野原滋

 

見つけたから紹介したいとかいって、発売日が2018年8月、三年も前の作品だよ! たぶん心ある人には発見されてきちんと紹介もされてて今さら私がこんなもん書いたって「知ってるよ! 遅いよ!」かもしれませんが、書かずにはいられないので書きます。

BL小説のリアリティとは

BL小説にリアリティを求めるなどヤボだとわかっているし、美少年が、その親友と親友の父にそれぞれレイプされてどっちも選べなくて3P生活めでたしめでたし、なんてのももはやつっこむ気にもならずに楽しく読んでいる。しかし、書く方はトンデモ話を書こうとなどという気はないわけで力いっぱい書き手なりのリアリズムを追求しているわけだ。そこで、なんかこなれの悪い業界用語が出てきたりして、読んでるほうは共感性羞恥によりいたたまれないことになる。もう開き直って絵空事だけ書いててくれBLは!……と叫んでいるのだが、それでも、たまにはっとするような「リアルな」やつにぶち当たることもあるのだ。

この小説、主人公は代議士の息子で、ある事件に巻き込まれたショックで記憶喪失に陥り、……と聞いた瞬間に「あー、そういうやつね」と半笑いになりそうだけど、読み始めると少しずつ先入観を崩されていく。記憶喪失になった青年が、その喪失期間中に誰かと暮らしていたらしい。発見された日、身体中にキスマークがあった。その相手はいったいどんな女だったのだろうと(親がすべての始末をして、息子にはすべて忘れろと厳命されていたのに)ひとりで足跡を探りはじめる。そしてたどりついた、記憶の無い自分が住んでいた家。到底信じられないようなみすぼらしいアパート。そこに住んでいる男は鋭い目つきの日雇い労働者。なんで僕がこんな男と、と衝撃を受ける。受けたけど、いったいこの男とどんな生活をしていたのか知りたい。信じられないからこそ知りたい。

男のほうは代議士の父親から口止め料を貰ってるし、青年にはぶっきらぼうで、つれない。見るからに粗暴なアンチャンなのだが、心の中では傷ついている。傷ついている、というような描写は別にない。でも読んでるとわかる。記憶喪失中の青年は幼くて臆病でワガママで甘えん坊で男に懐いていて、最初はめんどくさいと思ってたけど、だんだん可愛くなってきて、カネがなくても楽しく一緒に暮らしてた、自分の甥だと言って。記憶を取り戻した青年は、自分が可愛がってた、毎日のようにせがまれてセックスしてやってたあの子とは、顔は同じなのにまるで別人なのだ。体面を気にして、ホンネも言わないし言いたいことも言わない、何かあれば半笑いでごまかし、トラブルは金でカタをつけられると思うような。まさに「代議士の無難な息子」そのままのような。

で、この、記憶を取り戻した青年と、男が、あらためてつき合うようになるまでの話が『僕の行方』なのですが、この日雇いの男・蘇我弘之が魅力的なんですよ。

BL小説の男の魅力とは

私がBL小説で冷めるのが「不自然な台詞回し」で、頭の中でセリフを読みながら「こんな言い方しねーよ」とすぐつっこみたくなる。言い回しもそうだし、ふつう話し言葉で使わねーだろっていうような単語を使わせたりとかさ。『僕の行方』の蘇我弘之、セリフがすごく自然。BL特有の作り物感皆無! いかにも肉体労働者っぽい、ぶっきらぼうですぐ怒るし口も悪いけど、ほんとは優しい、面倒見のいい人なんだ、ってのがセリフだけでわかるんだ。やってる時のセリフもそう。そういう人がそういう時に言いそうなセリフ。「大丈夫だって。こうしねえとできねえんだよ」とか、他にもいろいろ、実に自然。

エロ会話

学はないかもしれないが世間をよく知っていて、人の気持ちがよくわかる。ぶっきらぼうだけど、やさしい。うう、これは「世間を取り繕うことばっか考えてる代議士の息子」でも好きになると納得させるのである。あとタバコの吸い方。かっこつけてるんじゃなくて、労働者のタバコ。イライラしながらタバコの箱をもてあそんでは放り投げるとことか。

そういうとこにリアリティを感じてぐっとくる。

BL小説は如何にしてせつなさを描くか

それで、蘇我がユキ(というのが記憶喪失中の人格)のことをどんだけ可愛がっているかということを、蘇我のことを好きになりはじめた克己(というのが主人公)はわかって、傷ついてるのもせつない。そしてユキという人格について、人びとの思い出話の中、それも即物的な話しか出てこない、番外編とかでも描かれないというのがいい。きっと蘇我の心の中にだけしか、ユキのほんとの姿はない、ということが読んでいるこちらにもわかる。こうなると、もう、何があっても克己はユキに勝てないよ。おまけにユキは「自分の知らない自分」なんだ。

BL小説のせつなさ

「まるで別人だ」と蘇我に言われる克己とユキで、性格も態度も、食べ物の好き嫌いに至るまでまるでちがうのけれど、生まれついての育ちの良さみたいなものからくる、へんに礼儀正しい感じとかが、(読者も知らない)ユキと通じるものがある。そうして、蘇我が克己のことを(も)好きになっていく。そこで気持ちのすれちがいも生じるんだが、そこはわりとあっさり流れる。すれちがいをクドクドやる、BLの悪いパターンにはまっていないのがいい。

代議士の父親は、蘇我に金渡して「今後いっさい息子と関わってくれるな」と言ってたし、息子は親のいいなりみたいに育ってきたわけだけど、これで克己と蘇我がくっついたら、代議士の秘書が手を回して蘇我の勤め先(日雇いだが)に圧力をかけ……なんてのもBLのよくあるパターンなのに、そうならないで「親は激怒したが息子が毅然としてるもんであきらめ気味」だっていうのもいい。そっちのほうがリアルな感じするよ。代議士とか大会社の社長とか官僚とか組長がウルトラスーパー権力者、ってのがBLのお約束でそれも冷めるんだよねいつも。現実はそんなことねーよ。

そりゃ、まあ、いろいろ文句もあるけれど

と、絶賛モードでお送りしましたこの『僕の行方』ですが、克己が記憶喪失になるに至った事件と、その後にまたそれに関連して起こる事件については多少、あれですね、ちょっとご都合主義を感じたかも。しかしそこはこの小説の眼目じゃないから……、って、この事件があったから話が動き出してるんだけど、でもまあいいの、そのへんは。蘇我の存在感の前には気にならん。他にも、私がBL小説を読む時に萎える描写のナンバーワンであるところの「口づける」ってのも出てきたりするが(キスした、と言ってほしい。あるいは口づけした、か。口づけるって言い回しは気取ってうっとりして書いてるみたいでこっぱずかしい)、それも別にいいやって感じ。蘇我の魅力の前にはノー問題。他にもつっこもうと思えばつっこむところはいっぱいありますが、とにかく蘇我弘之の自然な魅力は七難隠す。BLというのは、いかに魅力のある男を描くかが勝負、だと思いますので、その点で『僕の行方』には85点ぐらいは差し上げたい。他のほとんどのBL、よくて53点ぐらいだもん。
(ただ、この『僕の行方』を読んで、作者の野原滋さんの他の作品を当然読んでみますよね、それで、なんかタイトルで惹かれるものがあって『そらのだいじな旦那さま』ってのを読んだんですよ……そしたらいわゆる「攻め」であるところの「旦那さま」の、「太く真っ直ぐな眉の下にある切れ長の目」ってのが蘇我の描写とほぼ同じ、「困って頬の辺りをポリポリと掻」くってのも同じで「うーむ」となった。そっちのほうが出版日は早いんだよな……つか、そういう問題ではなく……。いちおうこれぜんぶ読みましたがこの「旦那さま」の魅力は蘇我ちゃん(←行きつけの居酒屋でこう呼ばれてる、このへんもリアルでいいっすね)には遠く及ばないと思いました)

PAGE TOP