BL泥海古記② バースデー

遼一→徹

BL小説を熱心に読み始めたのがここ一ヶ月ぐらいで、その前にちょっと読んでいたのが前世紀のことであり、ほんとに浦島太郎状態だったんだ、ということが、今のやつを読んでるとよくわかる。BL界の流行がどうとかいうより、BL界の常識、みたいなものが私が読んでた昔とちがう。いちばん蒙を啓かれたのは、男同士の性交の方法ですね。いわゆる鶏姦、肛門性交というものですが、私の知ってるBL丗界ですと、最初に痛いけどすぐよくなってアンアン、という都合のいい世界であった。私の知ってる男女モノのエロ小説もだいたいそんなんですね。最初痛いけど次回はすぐよくなる。そしてすぐトリコになっちゃう。嘘をつけ。1回目に切れたりした場合、2回目はさらに痛いだろう!(切れ痔のことを考えればわかります)

さいきんのやつはそんな簡単なことではありません。いきなり肛門に挿入なんかしたら大ケガに近い大変なことになる、ということは周知されているようで(いいことだ)、レイプものでもない限り、前段階にいろいろ準備がなされる。肛門性交する前に、

★肛門内にジェルやクリームやローションなどをあらかじめ入れておく
★まず指を入れてほぐす。1本からはじめて3本ぐらいまで増やして馴らす
★そのあとゆっくり挿入(基本的にコンドーム装着)
★(事後ですが)中出しした場合は、指で中の精液をかき出す

これがちゃんと書いてある。まあ、これだってファンタジーみたいなもんだろうし、指でほぐす時に「中にある一点」てのを刺激すると、ほとんどすべての「受け」の皆さんがそれだけでいっちゃうのも「ほんとかよ」ですが、それでも、これはいいことだと思うんです。「何かを破る小さな音がして」とかいってコンドームつけてる描写なんか、セーフティーセックスの観点からも、小説のリアリティとしても、いいなあと思う。

前にも書いたけど「BL小説にリアルなんか求めてどうすんだよ」と思いつつ、「リアルなやつを読みたい」という気持ちがあって、つまりそれは「へんなところにひっかからせないでくれ。そしてどきっとさせてくれ、オレの心を動かしてくれ」という希望なのだと思います。

そこでBLの泥海から発見したダイヤモンド第二弾。

バースデー 安西リカ

 

2018年2月発行……これも3年前かよ! ほんとにもう証文の出し遅れ感甚だしい。これ、たぶん名作としてすでに有名だと思う。でもこれを読んでびっくりしたんですよ。「魅力のある男、の描き方」に。

どう描けば男は魅力的に見えるのか

BL小説は美形の宝庫である。宝庫というよりもはやインフレ状態。なので書き手は、全精力を注入して「この美形が、いかに世界から選ばれた、特別な人間であるか」「いかに、だだの美形ではない、ほんとうに魅力のある男であるか」を書かなくてはならない。

その結果、まず見た目、顔とか体型とか服の描写、それも細かいやつがくる。

切れ長の目は一見きつく見えるが、いつも微笑んだような口元のせいで全体がやわらかい印象だった。茶色がかった髪はくせっ毛で、垂れてくる前髪をいつも細長い指がうるさそうに梳いている。猫を撫でる時と同じような手つきで。
振り返ると、その人は痩せて、輪郭は固い感じだった。そして、表情の感じられない目がこちらを一瞥する。ぼくの心臓がゾクリと震えた。
がっちりした体軀を仕立てのいいスーツで包んでいる。細いストライプのシャツに、ノットの小さなタイはいかにも金がかかっていそうだ。臙脂に金色のラインが入ったチーフが覗く厚い胸元。見とれていたら体が熱くなった。「どうした?」と訊かれて慌てて首を振る。

↑こういうやつ(テキトーに私が今考えました)。なんか、とにかく、「目に見えるものを、その人なりの美意識でくわしく説明してくれようとしている」のだが、書かれれば書かれるほど「どっかで見たようなハンサム(主にホスト系)」ばっかり浮かんでくるのである。

そこで『バースデー』です。この話は「多重人格モノ」で、私はフィクションの中に多重人格が出てきた瞬間読むのやめるんだけど、これはBLなので多重人格でもいいや、と思って読み始め、途中から「え、え、え」と前のめりになったので、BLだからいいや、なんてBLをバカにしたようなことを言って申し訳なかった。でもBLだからいいやと思ったので読めたわけで……とにかく読んでよかった。この話の中に出てくる「三希(みつき)」に出会えたので。

三希は、主人公の徹(とおる)の、多重人格の中の一人格で、この三希の描かれ方がすごくうまいの。

「ちょっと待てよ」
 一方的に関心を持たれることはあっても、その逆の経験はない。利用するだけして、何事もなかったような態度をとられて、滝本は自分の非礼を棚にあげて腹を立てた。
「なに?」
 三希は普通に滝本のほうを向いた。あまりに反応がフラットで、また肩透かしを食った。待て、と呼び止めておいて、そのあとどうしたらいいのかわからず、滝本は柄にもなく口ごもり、自分をそんなふうにさせる三希に苛立った。
「…知り合いのふりしてやったんだから、一杯くらいつき合えよ」
 結局、他に言うことを思いつかなかった。
 三希は値踏みするように滝本を眺めた。

安西リカ. バースデー (Japanese Edition) (Kindle の位置No.724-732). Kindle 版.

三希に一目惚れした滝本、という男の目から描かれた三希ですが、今まで読んできたBL小説の中で、これほど「さりげない行動の描写だけでその男にどれほどすごい魅力があるのかを描ききった」のを初めて読んだ。滝本ってやつがまた金持ちの家の傲慢な男で、そんなやつが、ゲイの集まるバーでいきなり目の前にいた、自分の趣味ではぜんぜんない小柄な男に惹きつけられた、という場面。ここで「三希の外見」についての描写はほとんどない。いかにもそこで描きそうじゃないですか細かく。それがない。まあ、最初に「煌めくような美しいパーツが完璧な配置でおさまった、白い小さな顔」ってのは出てくるんだけど、これをすぐ忘れるような話の流れになっているのもうまい。着てる服のことは書いてあるが、それは「どんな高級ブランドの服か」と思ったのに吊るしの安物だったというという話の伏線だし。

 三希は目だけで「どうする?」と訊いた。そのどっちでもよさそうな笑いかたに、決定権は自分にはないのだと悟った。
「携帯の番号だけでも、だめ?」
「あとでさっきくれた番号にかけるよ。あと、おれのこと撮らないで」
 三希は携帯で写真を撮る仕草をして、いたずらっぽく笑った。
「エロい写真とか撮りたいだろうけど、撮ったら二度と本物は現れないから」
 ふざけた調子だが、本気だとわかる。
「約束できる?」
 三希が飼い犬にするように、滝本の喉を指先でくすぐった。
「…わかった」
 惚れたほうが負けだということは、誰もが知っている世の真理だ。滝本の返事に、三希は軽くうなずいた。
「さー、そろそろ帰らないと」
 息が整うと、三希はなんの未練もなく滝本の手を離した。ベッドから下りると、三希は内腿を伝う精液を無造作にバスローブで拭った。ついでに椅子に片足をかけ、指で中のものをかきだす。歯磨きや洗顔のようなカジュアルさで、滝本は少し驚いた。単純にトイレに行く時間の節約という感じで、三希はまったく自然に排泄に準じる行為をやってのけ、同じリズムで服を着始めた。
「先に出ていい?」

安西リカ. バースデー (Japanese Edition) (Kindle の位置No.899-908). Kindle 版.

なんでも自分の思い通りにしてきた傲慢男が、いきなり恋をして弱い立場に突き落とされてるところもうまくてさ。界隈で美人、美形だと評判になってた、という程度のことでしか、三希の外見についてのことは描いてないのに、もうなにもかも逆らえない状態になってることになんの不思議もない。たぶん、著者の安西さんの文章力が高いのだ。ごくふつうの言葉で、その情景が目に見えるように書ける。

三希というやつは正体もはっきりしない、こういう小説にありがちな「謎めいた美形」そのものなのにそういう手垢のついた作り物感はまるでなくて、ほんとにちゃんといそうな人に書かれてる。いやもちろんこんな「魅力的な男」なんているわきゃないのだが、ほんとにいそうに見えるから読者もドキドキできるわけでね。

どう描けばエロシーンがエロくなるか

で、エロシーンも良い。上の、「指で中のものをかき出す」もよかったですが、セックスシーンもBL小説あるあるの手垢描写がなくていいのだ。BLのエロ場面では、男の先走りは精液よりも重要に使われてたりしますが、「蜜が…」とか書かれて、どうにもかゆくなりがちだ。私が『バースデー』見て、「そうだ、これ、これだよ! こう書いてくれよ!」と感動しましたのが、

「──ああ…」
 滝本の上にまたがった三希が甘い声を洩らした。最高の眺めだ。
 三希は膝を使って身体を安定させ、滝本をゆっくりと受け入れていく。勃起したペニスは先端から透明の糸を垂らしていて、ものすごくいやらしい。

安西リカ. バースデー (Japanese Edition) (Kindle の位置No.844-846). Kindle 版.

この、

透明な糸

を、
垂らして

ってのが素晴らしい。蜜じゃなくて透明な糸! 具体的なのに淫靡。あとペニスとか勃起ってさらっと書いているのが、茎だの漲るだの花芯だの書かれるより「ものすごくいやらしい」。あとよがり声もわりとふつうで、へんな叫び声とかもないし、しかしちゃんと劣情を刺激するような声なので安心です。

やっぱりせつなさで攻めてくれ

で、ふだんなら読む気になれない「多重人格もの」の小説であることについては……私はそういうものはほとんど「多重人格を都合よく使ったお話」だからイヤだなと思っていて、『バースデー』は、読みながら「こりゃねーよ、ありえねーよ!」と本を投げ出したくなるような「都合のいい多重人格症状」が出てくるわけではないからよしとしたい。前エントリに書いた『僕の行方』の記憶喪失と、『バースデー』の多重人格、どっちが小説のモチーフとしてちゃんとしてるかというと、医学的なことは置いておくとして(そもそもわかりませんし)、読む人を納得させるぐらいのことはできてると思う。それは、『僕の行方』の蘇我弘之の描写が魅力的だったことと、『バースデー』の三希の描写が魅力的だったことが大きい。『僕の行方』では、記憶喪失中の人格「ユキ」はほとんど語られないが、『バースデー』の別人格の「三希」は、この通りの活躍振りで、そして主人格の「徹」があまりにもかけ離れたさえない男で、なまじ外見が整ってるだけにかえって陰惨に見えるというのもなかなかリアルで、三希に溺れていた滝本がそんな徹を愛することになるまで……ってこれ、『僕の行方』と話の流れは同じなんだけど。でもまあ、三希が魅力的に書かれていて、その三希が、滝本と徹が愛し合うことによって最後に「ほんとうに徹の中から消える」のがせつなくて、そういう気持ちにさせてくれるんだったら、ストーリーがお定まりのものだって別にいいじゃんと思う。心を動かしてくれるという、そこがちゃんとしてさえいればいいのだ。

ただ、これも、犯罪が関わってくるんですが、その、終わり際に起こる犯罪がちょっとなあと思わないでもない。三希が、徹の交代人格となって、子供の頃に受けた虐待の復讐をしようとするが未遂に終わり、それはいいけどその事件処理がなあ。解離性同一性障害、で傷害事件を不起訴になった人物が、また傷害未遂事件起こしたらめんどくさいことになりそうだが。起訴猶予で済むかなあ。そこがちょっと気になったけど、まあそれも目をつぶればつぶれるか。三希の魅力(とエロさ)で問題をなぎ倒せる。それと何気に滝本もいい男。

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