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おまえのいぬになる*13

承前)
つまり、ライブにおける昼の部と夜の部では出来に差があった。
その出来の差は、大貴さんの「自分の才能を見誤っている」ところが出たんだと思った。
昼はロックっぽいライブ。歌劇をやる人(と大きくくくって)いちばんの弱点はロックじゃないだろうか。ロックをやろうとしてロックだったためしがない。そんなつもりはまったくないが結果的にロックになってた、というものはあったとしても(OSKの場合、日舞にそれがよく出現する)、ロックをしようとすると「あんたのロックって何なんだ」と言いたくなるような扮装と音楽と振付になる。たぶん作り手も演じ手もロックなんか好きでもないし知る気もないんだろうと思わせる。ならムリしてやることないのに、どういうわけだか時代錯誤のだっさいロックの場面をやるのはなぜだ。
大ちゃんもビートルズメドレーとかやらされて、へんな漫才師みたいなスーツにエレキ抱えてデイトリッパーとか踊らされていた(あのエレキは本物だったんだろうか。本物ぽかったが、それにしちゃ軽々持ってたなあ。ただ、大ちゃんはものすごく力持ちらしいから本物を軽々持てたのかもしれない。さすがにレスポールじゃなかった)。レットイットビーとかヘイジュードとか選曲もどうかと思う。She loves youで娘役がペーパーバックライターで若手男役がガンガン踊るとかしたらいいんじゃないかと思うけど想像するとダメっぽいなあ。へんな水玉のフィフティーズみたいな衣装でポニーテールで踊ってる図がまざまざと浮かぶ。デイトリッパーだって悪くないはずなのにださださだった。歌劇がロックを目指すのはろくなことがないと結論したい。そんなつもりもなかったが結果的にロックだった、でいいではないか。
歌劇人個人でもロックセンスのある人なんてほとんどいないとみる。
ロックセンスというのは、音楽の趣味のセンスと、パフォーマンスのセンスの2種類あって、その両方がほとんどない。それが悪いわけではないが。

で、大ちゃんだけど、音楽の趣味のほうのロックセンスはたぶんなさそう。決めつけちゃいかんが、でもたぶんないな。ただしパフォーマンスのセンスはある。それから、これはロックとは微妙にずれる話になるけど、大ちゃんのサブカルチャー方面の趣味というか、澁澤龍彦とか(サブじゃないか)日本の旧車好きとか、そのへんがロックだわと思ったりするのだ。甘いこと言ってるかもしれないが、いや、いませんからね、なかなかそのての趣味の人。
で、「そんなつもりはないが結果的にロック」はいけるのだ。いけるはずなのだ。でも大ちゃん本人もたぶん「自分にはロックのセンスがある」と自負していて、そしてそれは私の考えるセンスとはズレている、のだ。(つづく)

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