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目に見えないが見える

こう繰り返して文にしてみるもんでもないと思うのだがやっぱり私は「歌劇なんてのはうけつけない」が基本で、OSKのファンになったのも何かの間違いじゃないか。カッコイイとするものは、割礼の宍戸とかELPのグレッグ・レイクとか花電車のヒラくんとか、……もっと聞こえのいいのもありそうなんだけどこんなのしか今思いつかない、と思ったらもっとナサケナイやつ思い出した、リザードとか(ううう。しかし「昔はあんなものにハマっていた(赤面)」の物件でもELPとリザードはぜんぜん違う。くらべるものではない)、舞台とかステージ(同じか)でかっこいいなと思うものはすべて「ロックバンドのライブ」だったし。演劇もミュージカルも「げー……」だし、ショーというものも「えー……」だ。そんな私がどうして大ちゃんのファンに。今までに「非ロック」でファンになったものって何だ? 田原成貴と手塚治虫(のマンガ)か。田原はロックバンドまでやってたがあんなにロックと遠い人はいなかった。三宅伸は……あれは今までのファン遍歴の中では一人だけ「アンカテゴライズド」な人であった。ロックじゃないかもしれないけど、ロックでもなんでもどうでもいい、というぐらいの巨人である。じゃあ大ちゃんはロックなのか?

ということについてふだんから別にたいして考えてもいなかったけど、ついに地デジ対応のテレビを買ってきて、この前のテレビってのが「ただ映るだけの薄型テレビ」で、その前のブラウン管テレビから変えた時に画質ががたんと落ちてしまってテレビを見る気もうっすらと萎えさせてしまうようなものだった。こんな画質だとDVD見る気も薄くなってくる。が、やがてそんな劣悪画質にも慣れ、こんな画面で2007年春のおどりのDVDなんかを喜んで見ていたのだ。だがついに世界の亀山が来て、亀山とはいえ世界のと威張るだけあって画面はキレイだ。でも前のテレビ(それも亀山と同じ会社だが)とくらべれば亀山の偽物の鴨山であってもキレイに見えるであろう。とにかくうれしくなって手持ちのDVDを見まくった。

で、LED ZEPPELINのDVD(ネブワースとかアールズコートとか入ってる二枚組のあれ)を見ていた。この中ではアールズコートの映像が好きで、というのも75年のツアーの時が「ツェッペリン最後の美しき時」で、77年は演奏は物凄いけどルックスは「衰えの序章が」という感じだし、73年は『永遠の歌』で見てて目新しさがない、となると75年を集中して見てしまう。そんなことはどうでもいいか。で、DVDでアールズコートばっか見てて、しかしそればっかり見ているのもなんなので頭から再生していたらブラック・ドッグが流れた。73年のやつ。永遠の歌の時のロングバージョン。それを見てハッとなった。曲が始まってから3分27秒のあたりのロバート・プラントの動きがはっとするほど大ちゃんに似ていた。

いや、ものすごく一瞬で、ものすごくささいな動きなので、他の人にはわからないと思います。それに、何かこれは誤解を招く書き方だとも思う。大ちゃんに似てるとかいうと「ダンスが得意ではないと一般に言われている大貴さんに似てるってことはロバート・プラントもあかんのか」と受け取られかねない。そういう意味ではないのだ。ロバート・プラントは「ただ立ってるだけで美しくかっこいいヴォーカリスト」で、たまにする動きがさらにハッとする(心臓をぎゅっと掴むような)かっこよさ、で、ブラックドッグの動きというのがそれで、大ちゃんもダンスはヘタかもしれないが動きの中にそれがあった。それもたまたまあるんじゃなくて、わかってやってる。やろうとしてやっている。まあすべることもあるけど。その部分を私はずっと「単に、他の歌劇の人にないかっこよさ」と思ってたんだが、ロバート・プラントのその一瞬の動きを見て「あー、これロックか」と喜んじゃったという話です。しかしふだんのロバート・プラントにはぜんぜん似ていません。似ているのはジミー・ペイジの73年頃の私服センスおよび体の薄さおよび、手です。

ああでもどれもこれも微妙すぎだよ。

で、テレビばっか見てるのもなんなのでCDを聞くことにした。聞こうと思って聞くCDなんて2枚しかないんだが。いや両方2枚組だから4枚だけど。そのうちの1枚(2枚)、ライ・クーダーの『ベスト・サウンドトラックス』。CDはこれが1枚(2枚)ありゃいい、と聞くたびに思う。で、これのディスク2の6曲目。『ICAN’T WALK THIS TIME/PRESTIGE』これがシビレる(古い言い回し)曲でして、ただいつもシビレながら聞いておったのですが、さっき思いついた。この曲で大ちゃん芯の黒エンビの群舞があったらシビレ極限ですよ。あー、黒タキでもいいかな。ほぼオールバックで。……やっぱり黒エンビだな。というと何かこの曲がすごいロックなのかと思われるかもしれませんが、ライ・クーダーはロックの人ではないというカテゴライズをされております。なんだろ、カントリーなのか。いやブルースか。でもそんなことはどうでもよくて私にはとてもロックでかっこよくて、そのシビレを表現できるのは歌劇界の人材を見回して大ちゃんしかいないだろうと思うということです。だから大ちゃんはロックなのさ。まったく人類の進歩に寄与しないような話および結論でした。

たばこ


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