OSKの陰陽師史(その4)

武生の道満様

OSKの陰陽師史(その1)
OSKの陰陽師史(その2)
OSKの陰陽師史(その3)

『闇の双璧』で、OSKファンの「陰陽師」に対する幻想はすべて吹き飛んで(作者がちがうから一緒にすることはないんだが、あまりにも虚無パワーがすごかった)ぼ〜〜っとしてたらコレがきた。

2004年たけふ菊人形大劇場公演『ルネッサンス・OSK』

作・演出横澤英雄。宝塚の横澤先生ですよ。2004年の春のおどりも担当してくださったNewOSKにとっては恩人といっていい方であります。しかし横澤先生は、ふつうでは考えつかんような歌詞やセリフを書かれる方で、「わーたーしーとあなーたのー秋なんですうー」とか、文字で見るとけっこう唖然とさせられるものがありますが、歌になって舞い踊られると「こんな歌詞書くのは天才だ、超天然モノの天才!」としか思えないという(だってまともに考えてたらぜったい思いつかない言い回しなのよ、コトバは小学生みたいに平易なのに)、ある意味すごい先生でした。その横澤先生が担当した武生公演も、すごいブツが目白押しでして、その中ではこれは大人しいほうかも。日舞→トーク→洋舞で一時間弱。日舞は30分もなく、その中の10分ぐらいが「陰陽師モノ」だったんです。作品というよりは「場面」ですね。ショーの中の小芝居場面。あらすじっちゅーほどの内容もなく、安倍晴明と狐の母、安倍晴明と芦屋道満の対決、それもただ左右にわかれてバーン! 道満が「やられたあ〜〜〜(すごすご退場)」みたいな(いや爆発音などはありません)。安倍晴明=高世麻央、蘆屋道満=桐生麻耶。ま、絵面がキレイならいいんじゃね? という感じ。確かにキレイというか、キャッチーですよね二人のルックス。

武生の晴明様道満様

これで終わるかと思った陰陽師モノはさらに続きました。

2005年大阪松竹座春のおどり 第一部『平安☆レジェンド』

松竹座で陰陽師! それもレジェンドって! ☆つき! つのだ☆ひろ! でもこの時はみんな「油断は禁物……」みたいな空気あったな。『闇の双璧(このころはみんな半笑いで「やみそー」と略してた)』で痛い目に遭ったってのもあるし、春のおどり、秋のおどり、武生と、横澤先生の芸風というか作風みたいなのもわかってきてたし。この年は安倍晴明没後千年だったので安倍晴明モノをやることになったのかも。で、この『平安レジェンド』、フタをあけたらやっぱり「ポカーン( ゚д゚)」な作品でした。ストーリーは、まあ武生のやつをそのまま水増ししたような、素直な絵巻物というか。いちおう「安倍晴明、母葛の葉、源博雅」の正義の味方チームvs「蘆屋道満、橘大納言、式神」のワルチームの対決です。それだけ。ただ、この作品はキャストが意表をついた。

安倍晴明=大貴誠
蘆屋道満=桜花昇

 
 

工エエェェ(´д`)ェェエエ工 ?

 
 
 

大貴晴明桜花道満

生まれながらの道満役者・大貴誠と生まれながらの晴明役者・桜花昇を逆転させてきましたよ! こういうのって「面白いんじゃね?」と思いましたが、それはすごく伏線張り巡らせたような複雑な脚本ならいいんだけど、この「単純な絵巻物」みたいなやつではその魅力は出し切れなかった……。ちなみに、

源博雅=高世麻央
橘大納言=桐生麻耶←政府転覆を狙う悪い大納言さん

で、この二人の役もそれほど……。とくに博雅の「しどころのなさ」たるや。「あっぱれ、安倍晴明〜」って言うぐらいが活躍場面で。って、そんなことよりも、晴明と道満の対決シーン、これがクライマックスでドッカンドッカン盛り上がるべき箇所なのですよ。それが、

ラテンとスイング対決

こう書いて理解していただけるか……。道満チームが攻めてる時、晴明チームが攻めてる時、それぞれ曲がラテンとスイングなの。それも明るい曲で。これなかなか考えつかんよ。私はすっごく楽しんだけど、陰陽師の戦いでコレってどーなのよ、的に不評でもありました。で、晴明が勝って博雅が「あっぱれ〜」って叫んだらそこで話はブチっと終わっていきなりフィナーレ的に、2004年春のおどりのタイトル曲「ルネッサンスOSK」(この晴明道満の話とはまるっきり関係ない。OSKの賛歌的なもの)を、敵味方入り乱れ笑顔で総踊り。とんでもない構成ですが、『平安☆レジェンド』は同じ「ポカーン( ゚д゚)」でも『やみそー』の「ポカーン( ゚д゚)」とはぜんぜんちがう、王者の風格がありましたね。ま、しかし、名作であるとは……言えないですな……迷作ですわ。横澤先生はこの翌年の春のおどりで『義経桜絵巻』という、いわゆる牛若丸〜義経のショーをおつくりになられましたんですが、やっぱり『平安☆レジェンド』と同じような感じで……(いや、義経のほうはわりとマジに泣ける部分があったりしましたが)。

(ところで、横澤先生が安倍晴明のものを松竹座の春のおどりでやるにあたって、なぜこういう感じの作品になったか、というのをどなたかが聞いたそうである。先生曰く「ぼくは戦争を体験して、あの悲惨な光景をこの目で見ている。歌劇は美しく、楽しいものでなければいけない。舞台の上のつくりごとであっても、リアルな戦いなんかを表現する気にはなれないんだ」と。これはこれで一つの考え方だという気がした)

ここに至って、OSKファンも「陰陽師モノ」に対する思いは絞り取られてカスカスになっておりました。同じ年の9月に、

『安倍晴明公』@和泉市民会館

なんていう公演もありまして、これは桜花ちゃんが晴明、話としては晴明神社+闇の双璧+平安レジェンドみたいなもので、作者の違う作品を寄せ集めて一つにするというテキトーな(しかしOSKではよくやってたパターン)作品だったようです(自分でも見たか見てないかさっぱり記憶がない)。ここで(たぶん)OSKの陰陽師は途切れたはず。そして、15年の時を隔てて、今のOSKに陰陽師が、それも最初に私たちに「これがあればOSKは大丈夫だ」と思わせてくれた、北林先生の脚本演出でだ。……さていったいどんなふうになるのか、を考えてみようかなと。