ツクヨミ成長譚 其の壱

鞍作 天宗を尽し滅して 日位を傾むけむとす 豈天孫を以て鞍作に代へむや

首を斬り飛ばされる入鹿

大阪松竹座『春のおどり 第一部 ツクヨミ 〜the moon〜』、初日の初回が終わった時の、会場の空気のビミョーだったことといったらなかなかすごいものがありましたよ。私も「ダメだこりゃ」と思い、友達に「日舞アカン」てLINEしたし。それがどうだ、二日目、三日目と進むうちに「ツクヨミ好き!」みたいな声がふつふつとわいてきて、千秋楽には「これは良いものだ」「ツクヨミに前のめりで食いつき」みたいなこということになってるという「ツクヨミ成長譚」。春のおどりのひとつの見どころだったかも。

初日に「アカン」となったのは「意欲作、かつパフォーマンスが伴ってなかった」からで、初日初回は三階席の桟敷から見るのだけど、上から見ていてバラバラ……というか、パラパラ。松竹座の広い舞台がやけにだだっぴろく、すきま風がふくようであった。しかし、内容がほんとに意欲的で、日舞が終わった瞬間には「あちゃー」と思いながらも会場にうずまく微妙な空気を全身に感じると「私はこのツクヨミを褒める褒めるぞ褒める言葉はいくらでも出てくるぞやるぞやってやるぞ」と拳を握りしめたりした。だってすごく「今までにないものを目指し」た作品だったもん。

少しでも、今までとちがうことをやりたい、変わったものをつくりたい

という強い意志を感じた。私も何かをつくろうとすれば必ずそう思うので「これは私だ!」と叫んだぐらいで(尾上菊之丞先生相手になんということを)。しかし今やもう『ツクヨミ』はファンも大好き作認定みたいで拳を握る必要もなくなったので思いついたこと好きなこと書きます。

今まで通りの「春のおどりの日舞」なのは幕開きチョンパぐらいで、「日舞のショーのフォーマット」として見慣れてるものとは構成が違っていた。桐生麻耶が演じる歴史上の人物を描くミニ物語が三つ並んで終わるという。と書くとごくふつうみたいだけど今までその発想はなかった。そのミニ物語とは、

第一章 Darkness Moon(蘇我入鹿物語)
第二章 String Moon(伊達政宗物語)
第三章 Full Moon(中山安兵衛物語)

ひとつにつき20分ぐらい。この長さ(短さ)は良い。さいきん長い芝居とかショー見るのしんどくて。『ツクヨミ』だけに月にまつわる章タイトルです。ダークネスムーンて、新月のことかなあ。暗いし。でも新月に不穏さはないからあえての「ダークネス」か。ググったら、「【大人GOTH】【大人かわいい】をconceptに、個性的だけど上品でちょっと癖のあるそんなお洋服を販売」しているDarknessMoonて店が出てきた。この店の服、BP公演の小芝居で着そうなダーク風味の服がいっぱいあるぞ面白いぞ、あきらかにどこかのにソックリな足袋ブーツもお手頃価格で売ってるぞ、……って、話がそれました。この、月のタイトルからわかることは「徐々に満ちていく」サマをショー全体で見せたいということか。

それぞれの物語には別になんの関連もない。ただ、その間を取り持つ「ヒトヒラ」という月の精みたいな美形がいる(画像はOSK公式より)。

ヒトヒラくん

存在としてはわりとひっそりしていて(見た目は派手だけど!)、ヒトヒラ使ってこの三つのストーリーを動かそうって感じでもないし、何かを象徴させようって感じでもない。ヒトヒラはヒラヒラとこの『ツクヨミ』の中を漂っている。そのあっさりしたとこはなかなか良い。ふつうもっとギトギトな活躍させたりするんだよ、こういう役には。そうじゃないところに、品の良さというか育ちの良さが出ている。

で、この三つの物語の中で、私がいちばん「うーむ…」となったのはこの一発目の「Darkness Moon」だった。そもそも「飛鳥時代の扮装」が好きちゃいますねん。

飛鳥時代の男

こういうやつ。今、OSKでこれ着てかっこよく見えるのって登堂くんぐらいじゃないか。そんな登堂くんが中大兄皇子役なのはとてもいい。で、この章のストーリー、すごくいろいろなネタが仕込んであるんですよ。「やりたい放題やってる蘇我入鹿を、中臣鎌足と中大兄皇子が殺す、これが乙巳の変」ってそれだけの場面なんだけど、

★蘇我入鹿は、蘇我蝦夷と皇極帝の許されぬ愛により生まれた子供(えっ)
★赤児のうちに入鹿は母と引き離され蝦夷が密かに自分の子として(自分の子だよ)育てる
★皇極帝はわが子とも知らず(蝦夷が隠してるがふつう気づくだろ)入鹿にラブラブ(え)
★入鹿は皇極帝とべったりで、やりたい放題(蝦夷はなんか言わんのか)
★入鹿はドロドロとした黒いものを身体の中でたぎらせている(よくわからない)
★蘇我入鹿と中臣鎌足は同じ学校で学んだ仲でお互い惹かれ合ってる(え)
★中大兄皇子は母が入鹿にラブラブ&好き放題させてるんで殺そうと思ってる(これはわかる)
★鎌足は愛が高じてドロドロの黒い入鹿を殺したいと思ってる(ああ……アリかも)
★ドロドロ黒くたぎっててもマザーファッカー状態に耐えきれず入鹿は鎌足の愛を受け入れ(?)自ら殺されようとする(……アリかも)

二十分弱の中にこんだけの要素が入ってる。近親相姦にBLでデッドエンドである。でも不思議なほどヲタ臭さもないし下品さのカケラもない(すばらしい)。こういったすべては台詞や歌で説明されるわけじゃなく、その「説明しない」のはすごくクールでいい、けどはじめて見たらわかんないわな。とくに「自ら殺されようとする入鹿」が。蘇我入鹿といえば、中大兄皇子に首切り落とされて、飛んだ首が悔しさのあまり御簾に噛みついて離れなかった、ってので有名な人でっせ。それが、ゆーーったりした殺陣のすえに仁王立ちバンザイみたいになって刺されるというのが。

春のおどりが終わったあとで気づいたことだが、この『ツクヨミ』、殺陣っぽい場面がいくつか出てくるのだが、その殺陣がどれも見せ場になっていない。あえて見せ場に「していない」。今どきの日舞のショーって、殺陣でキメキメに盛り上げるもんじゃないですか。シャキーン! ガチッ!ズバッ!ドスッ!と。それがこの『ツクヨミ』ではそうじゃない。そんな安易なことで喜ばせるようなツクヨミじゃないぜ! しかし、いかんせんわかりづらい。殺陣に入るところで、中大兄皇子の手から剣が離れて空中でクルクルと回ってしばらくそのへんを飛んでからまた中大兄皇子に戻ってくる(剣は「月影の使者」なる、和風黒天使みたいなやつが持って走ってクルクル回してて、初見はそこコントみたいだったんだよ〜〜回を追って馴れたけど)、そういうのたっぷり見せながら、肝心の刺し殺されるところはスウ〜〜とした静けさ。なんか失敗したのかと思ったもん。そうではない、そういう場面なんです。

そのあと、月影の使者たちに掲げられて入鹿退場(よく歌劇で主人公が死んで退場する時のアレ)。いったいこれはどうしたもんか、と戸惑いましたよね。しかし見るうちに、これはこういうもんだと納得させられた。乙巳の変を描いたものとしてはなかなか新しいし、意欲にあふれている。ただし好みかというと……イヤじゃないけどワクワクもしないかな。……うーん音楽がもうちょっと印象的だったらなあ。

出演者について書いていなかった。この「Darkness Moon」でいちばん印象的だったのは皇極帝の舞美りらでした。歌もセリフもない、ほとんど表情も変えずただ舞ってるか立ってるかだけ。愛する男との間に生んだ息子をそれと知らず愛してしてメロメロ、という「愛欲に生きる女」、愛するわが子であり愛人である入鹿が、自分の別の息子に殺されるところを高いところから悠然と見ている。ここ、ふつうの役者ならいろんな演技しちゃいそうになるところだ。動きがなくても表情とかで。そこをなーんにもしないでただ悠然と惨劇を見てる舞美皇極りら帝はすごい。入鹿が死ぬ時、後ろの高いとこで中大兄皇子と寄り添ってんだけど、きっとこのあと中大兄皇子ともデキてしまうだろうと思わせる、そんな凄玉。

皇極のミカド

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